実質実効レート5年MAかい離率マイナス20%=円安の限界

「ここからさらに実質実効為替レートが円安に振れていくことは、普通に考えるとなかなかありそうにない」、そんな黒田日銀総裁の発言が飛び出したのは、2015年6月10日のことだった。この発言をきっかけに、それまで長く続いた米ドル高・円安が1米ドル=125円で終止符を打ったことから、125円は黒田総裁が円安をけん制する「黒田シーリング」、「黒田ライン」ではないかとの見方が最近まで残っていた。

ただ、上記の「黒田発言」を読み直すと、米ドル/円について言及したものではなく、「実質実効為替レートが円安に振れていくことはありそうにない」と述べている。このため、当時は実質実効レートが70ポイントを割り込む中でこの発言となったことから、「黒田シーリング」は実質実効レート70ポイントとの見方もあった(図表1参照)。

【図表1】円の実質実効レートと5年MA (1995年~)
出所:日本銀行データをもとにマネックス証券が作成

ただ当時、その実質実効レートは安値更新が続いていた。そういった中で、なぜ2015年6月のタイミングで急に、「さらなる円安はない」との見解になったのか。実質実効レートを根拠に、「さらなる円安はない」とするためには、実質実効レートそのままではなく、少し「加工」する必要があったのではないか。

実質実効レートを長期の移動平均線、例えば5年MA(移動平均線)かい離率にすると、マイナス20%前後で円安が終わるパターンが確認できる(図表2参照)。2015年6月、「黒田発言」が飛び出した当時、同かい離率はマイナス20%以上に拡大していた。このような見方をすると、確かに「普通ならさらなる円安はない」との見解も辻褄が合うところとなっただろう。以上からすると、黒田総裁が円安をけん制する「真の黒田シーリング」は、実質実効レートの5年MAかい離率マイナス20%が参考になりそうではないか。

【図表2】円の実質実効レートの5年MAかい離率 (1995年~)
出所:日本銀行データをもとにマネックス証券が作成

米ドル/円は、2022年3月末にかけて、2015年以来となる125円を目指す動きとなった。ただ、3月の実質実効レートから5年MAかい離率を計算するとマイナス12%程度にとどまっていた。「真の黒田シーリング」までには、まだかなりの距離があったわけだ。

その後一気に米ドル高・円安が約20年ぶりに130円を超えるまで広がる中で、4月の実質実効レートをもとに5年MAかい離率を計算するとマイナス18%まで急拡大していた。実質実効レートの5年MAかい離率マイナス20%を、普通なら円安が終了する「真の黒田シーリング」の目安にすると、一転して目前まで迫った形となったのである。

行き過ぎた円安のクライマックスはあるのか!?

それでは、同かい離率がマイナス20%以上に拡大したら、再び黒田総裁は円安幕引きに動くかと言えば、それほど単純ではないだろう。そもそも黒田総裁による「円安けん制」とされた発言が飛び出した2015年6月以前、例えばいわゆる「黒田バズーカ2」と呼ばれた大胆な金融緩和の第二弾が行われた2014年10月に同かい離率はマイナス19%以上に拡大していたが、そこで円安けん制とは真逆で円安を加速させる可能性の高い「黒田バズーカ2」を行ったのだった。

その目的は消費税の再増税の影響と考えられた。2014年11月に、当時の安倍政権は消費税の再増税を決断する予定となっていた。これに対して、財務省OBでもあった黒田総裁は、財政再建の観点から強い期待を抱いていた。このため、景気悪化リスクを排除し、増税を決断しやすくするべく、大胆な金融緩和の第二弾を「先出し」したということだったのではないか。

ところが、これに対して安倍総理は結果的に黒田総裁の「梯子を外す」ように、消費税再増税の延期を決めた。黒田総裁が、「真の黒田シーリング」に迫る円安の中でも、さらなる円安をもたらす可能性の大きい「バズーカ2」を決めたのは、消費税再増税を確定させるのが真の狙いで、当時は「悪い円安」批判がほとんどなかったことも幸いしただろう。

結果的には、そんな黒田総裁の願いは叶わず、むしろ本来なら円安が終了してもおかしくない実質実効レート5年MAかい離率マイナス20%といった「真の黒田シーリング」目前のところで、まさかの「黒田バズーカ2」となったことで、行き過ぎた円安は最後のクライマックスに向かうところとなった。それが2014年10月110円から、2015年6月125円までの米ドル高・円安ということだったのではないか。

2015年6月10日、黒田総裁による円安けん制とされた発言が飛び出す少し前から、円安がアジア経済を疲弊させるといった「円安弊害論」が海外メディアで報じられるようになっていた。この局面ではほとんど実質的に初めて「悪い円安」論が広がる兆しが出てきた。黒田総裁が円安幕引きに動いたのは、そのような変化を意識した面が大きかったのではないか。

さて、長々と書いてきたが、実質実効レートの5年MAかい離率がマイナス20%に迫ってきたということは、普通なら円安は終わってもおかしくない段階に達している可能性があるということだろう。今回、そんな円安をもたらしたのは日本の金融緩和ではなく、米インフレ対策を受けた米ドル高の影響が大きいだろう。

普通なら円安は終わってもおかしくないところまで来ているものの、さらなる米インフレ対策を受けた米ドル高により、行き過ぎた円安の最後のクライマックス、2015年にかけて110→125円の米ドル高・円安となった動きが、今回の場合なら130→145円というレベル感で起こるか、今回それは未遂となるかの重大岐路に立っているのが今ということではないだろうか。