円の実質実効レート
日本銀行が5月23日に公表した4月の実質実効為替レートは60.91となり、1971年以来、ほぼ50年、半世紀ぶりの水準まで低下したことが、一般報道で比較的大きく取り上げられた(図表1参照)。ただ、この円の実質実効レートの下落が、2015年6月、黒田日銀総裁による「円安けん制発言」をきっかけに、循環的な円安終了となったケースにも、実はかなり接近したということの指摘はほとんどなかったのではないか。
黒田総裁は2015年6月、まさに円の実質実効レートを引き合いに出した上で、「普通ならさらなる円安はありそうにない」と発言した。この黒田発言をきっかけに、当時の米ドル高・円安は、1米ドル=125円で終了となった。
ところで、なぜ2015年6月当時、円の実質実効レートから「普通ならさらなる円安はありそうにない」と指摘できたのか。黒田総裁自身は、その辺について詳細に述べたわけではないものの、「円の実質実効レートからさらなる円安はありそうにない」ことは、5年MA(移動平均線)など長期移動平均からのかい離率では比較的うまく説明できそうだ。
同かい離率は、マイナス20%以上に拡大したところが、円安の循環的なピークとなってきた(図表2参照)。そして、上述の2015年6月、「黒田発言」があった頃、同かい離率はマイナス20%以上に拡大していた。その意味では、このような指標を参考にすると、円の実質実効レートを引用した上で、「普通ならさらなる円安はありそうにない」との指摘も理屈に合っただろう。
さて、4月の円の実質実効レートの5年MAかい離率はマイナス18%以上に拡大した。振り返ると、3月から4月にかけて、米ドル/円が115円程度から一気に130円まで急騰するなど、円相場を取り巻く環境は「激変」となった。そう言った中で、2015年に黒田総裁が、「普通ならさらなる円安はありそうにない」と発言した状況に、円安の総合評価が一気に接近してきたといった可能性はありそうだ。
黒田総裁が、2015年6月に、「円安けん制」発言に動いたのは、当時円安がアジア経済を悪化させるなど弊害論が出始めたといった政治的判断の影響もあったと私は考えている。そういった「円安弊害論」などは、これまでのところは目立っていない。
ただとくに「円安弊害論」が出なくても、円の実質実効レートの5年MAかい離率がマイナス20%前後まで拡大すると、1998年や2007年など、やはり円安は終了となった。この2回は、2008年のリーマン・ショックに代表されるように、日本以外の国、とくに米国の経済状況の変化が主なきっかけとなった。
以上のように見ると、今回の場合は、米インフレ対策を主因として展開してきた米ドル高・円安と考えるのが基本だろうから、そんな米インフレ対策の変化が、円安終了の手掛かりになる可能性があるのではないか。