木々が色赤く染まる晩秋のニューヨーク~ワシントンD.C.を訪れた。晩秋の、と書いたがニューヨークは真冬の寒さ。ダウンジャケットを着込んでその上にコートをもう1枚羽織る有り様だ。あまりに寒いので現地の友人と老舗和食レストランで鴨鍋をつついた。
ニューヨークより南に位置するワシントンD.C.は比較的過ごしやすい気候だった。ニューヨークから移動した水曜日は、米議会下院の情報特別委員会でトランプ大統領の「ウクライナ疑惑」について4日目の公聴会が開かれていた。D.C.に向かうニューアーク空港のラウンジのテレビはソンドランド駐EU大使の証言をライブで映していた。D.C.に着きタクシーに乗ると、タクシー・ドライバーもラジオで公聴会を聞いている。さすが政治の街だけあって人々の関心の高さが伺えた。
「いや、D.C.だけが特別なんです。弾劾調査の中身をフォローしている米国民などほとんどいませんよ」と当地の金融関係者に言われた。彼はこんな話をしてくれた。
「ここには、歴代のピューリッツァー賞や過去150年以上の代表的な新聞一面記事などを展示しているNewseumという報道に関する博物館があります。そのNewseumの6Fに、<Today’s Front Pages>という、各州の地方紙一面を毎日張り替えて展示するコーナーがあるんです。興味深かったのは、ちょうど全国紙であるWSJ紙やNY Times紙などが弾劾調査の公聴会証言を一面で取り上げているその日に、地方紙のほとんどが弾劾調査を一面記事に扱っていなかったことです。」
Newseumは来月末、すなわち年内いっぱいで閉館になるという。さっそく行ってみた。すると、全米各州の地方紙が1面でソンドランド大使の証言を報じていた。普段は弾劾調査にそれほど興味を示さない人々も、さすがに大使の証言は大きなニュースバリューととらえたのだろう。多くの新聞の見出しは“Quid pro quo (見返り)”.
‘Was there a quid pro quo? The answer is yes’
ソンドランド大使は公聴会で「見返りがあったかどうかと問われれば、答えはイエスだ」と証言した。そもそもこの弾劾調査の疑惑は、政敵である民主党のバイデン前副大統領の不正調査をウクライナに求め、自らの選挙戦を有利に運ぼうとしたとするものだ。「見返り」とは、トランプ大統領がホワイトハウスでの米=ウクライナ首脳会談開催や軍事支援をすることなどの見返りとして、バイデン氏の不正調査を要求したのか、ということである。
それについてソンランド大使は、Yes と証言したのだ。確かに、新聞のトップニュースになるだろう。だが、大使は電話で「大統領は何を求めているのか」とトランプ氏に直接尋ねると「何もない。見返りも望んでいない」と言われたとも説明した。結局、「見返り」の要求がトランプ大統領の直接の指示だったかは曖昧のままだ。
普段は弾劾に興味がない地方紙がいっせいに1面で報じたくらいだから、このソンランド大使の証言は弾劾プロセスのいちばんのハイライトであったと言えるだろう。そのヤマ場を過ぎても疑惑は解明されず、世論もあまり変わっていない。この後は、淡々と「消化試合」をこなすような成り行きになるだろう。具体的には
~11月末 下院の関係委員会による調査、報告書の作成
12月上~中旬 下院司法委員会による弾劾訴追案採決
12月中~下旬 下院本会議で弾劾訴追案採決
1月上旬 上院で弾劾裁判開始
2月上中旬 判決
というスケジュール感ではないか。ちなみに、クリントン大統領の弾劾裁判のケースは、
1998年12月19日 下院による弾劾訴追案採決
1999年1月7日 弾劾裁判開始
1999年2月12日 判決(「Not Guilty」)
だった。今回も偶々だが同じような日取りになりそうだ。無論、結果も同様にNot Guilty(無罪)となるのは、ほぼ確実だ。弾劾が成立するには上院の出席議員の2/3以上の賛成票(定数が100議席だから67議席以上)が必要だ。上院の議席数は共和党53議席、民主党47議席だから、共和党から20人の造反者が出ない限り弾劾罷免は成立しない。下院が弾劾調査を正式に開始することを決めた10月30日の決議では、共和党からの造反者はひとりもいなかった。共和党はUnited(一枚岩)である。この状況では弾劾が成立する確率はほぼゼロに等しい。それが「消化試合」といった意味だ。
よって、トランプ大統領の弾劾に係る一連のプロセスはこれまで同様、今後もマーケットへの影響はほとんどないものと思われる。