研究資金の調達へ、米国で続く量子技術スタートアップの上場
米国市場において量子コンピューター関連企業の新規上場(IPOやSPAC上場を含む)が続いている。多くの企業はまだ研究開発フェーズ、または商業化の初期段階にある。売上高は極めて小さく、赤字経営が続いている企業が大半だ。量子スタートアップは、研究開発を継続するための資金調達の場として、世界最大の流動性を持つ米国市場を選んでいる。
量子コンピューターは、従来のスーパーコンピューターでは長時間かかる計算を数分、数秒で解く可能性を秘めた次世代技術で、新薬の開発、暗号セキュリティ、金融モデリングなど、幅広い分野で革新をもたらすことが期待されている。一方、実用的な量子コンピューターの開発には、極低温環境の維持やエラー訂正技術の確立など、巨額の研究開発費と膨大な時間がまだ必要だ。
古典的コンピューターの限界と「ムーアの法則」
「量子」はあらゆる物理的性質の最小単位だ。量子コンピューティングを理解するには、まず「ビット(データの最小単位)」とは何かを理解する必要がある。スマートフォンや机の上のノートパソコンなど、あらゆる古典的コンピューターはビットを使って動作する。ビットは情報の基本単位であり、「0」か「1」のどちらかの性質を持つ。
例えば、メールを送信するとき、映画やドラマをストリーミング視聴するとき、オンラインゲームをプレイするとき、何十億もの0と1の「オン」「オフ」の切り替えによって成り立っている。技術革新によってこれらのビット演算(バイナリ演算)の性能は最適化されてきた。ところが、この道をさらに突きつめていくことは困難になりつつある。
ビット演算の性能向上を支えてきたのは「ムーアの法則」だ。微細化技術の革新に伴い、半導体チップ上のトランジスタ数は約2年ごとに倍増するという進化を続けてきた。ムーアの法則とともに現代のコンピューティングの性能は進み、計算能力の指数関数的向上がより低コストで実現されてきた。
しかし、ムーアの法則が限界を迎えつつあることも明らかになっている。現在、ナノ(10億分の1)メートル単位での微細化が進んでいるが、これが物理的な限界に達しつつある。半導体チップの微細化を実現させるために多くの技術革新がもたらされているが、物理法則によって定められた限界を克服することは困難であると同時に、コスト増大にも繋がっている。
量子ビットの圧倒的な計算能力と立ちはだかる技術的な壁
量子コンピューティングは、従来のコンピューターで使用されるバイナリビットとは根本的に異なるアプローチを採用している。ビットの代わりに、量子ビット(キュービット)を使用する。ビットは0か1のどちらかしか存在しないのに対し、量子ビットは0と1の両方の状態をとることができるだけでなく、「重ね合わせ」や「量子もつれ」といった特徴も持っている。
違いをよりよく理解するために、迷路を解くという課題を考えてみよう。従来のコンピューターは、まず1つの経路を試してみて、失敗した場合は2番目、3番目、4番目と試していき、最終的に正しい経路を見つけ出す。一方、量子コンピューターは考えられるすべての経路を同時に探索するため、はるかに速く正しい経路を見つけることが可能となる。
ただ、課題がある。従来のビット、つまり0と1は、例えば、Wi-Fi信号のように、室温や振動に関係なく効率的に動作する。しかし、量子ビットは非常に壊れやすく、外部環境から隔離する必要がある。わずかな温度変化や振動といった些細なことであっても、周囲環境との接触があると、量子ビットは古典的なビットのように振る舞い、量子の特性を失ってしまう。
そのため、量子プロセッサは絶対零度に近い温度、約マイナス273℃(華氏マイナス460度)まで冷却される。これらの障害を克服するため、量子ビットは外部からの干渉から保護されている。しかし、こうした高価な制御環境下においても、量子ビットは古典コンピューティングでは許容できないほどのエラー率を生じる可能性がある。
量子ビットの構築における課題は相反する2つの要求にある。重ね合わせと量子もつれを維持するためには、量子ビットを環境から隔離する必要がある。しかし同時に、実用的なコンピューターとして必要とされる数百万個もの量子ビットを構築、制御、拡張できるほど実用的でなければならない。量子ビットを構築する最適な方法はまだ解明されておらず、そのため科学者たちは様々な段階の多様な量子ビットの開発に取り組んでいる。
米重工大手ハネウェル[HON]はなぜ、量子技術への投資を継続しているのか?
米重工大手のハネウェル・インターナショナル(以下、ハネウェル)[HON]傘下の量子コンピューティング会社クアンティヌアム[QNT]が6月、米ナスダック市場に上場した。クオンティニュアムは2021年にハネウェルの量子コンピューティング部門と量子スタートアップのケンブリッジ・クオンタムが合併して誕生した企業だ。エヌビディア[NVDA]のベンチャーキャピタルや日本の三井物産(8031)も投資家として名を連ねている。
なぜ、重工大手のハネウェルが量子技術への投資を続けているのか。量子コンピューターの心臓部である「量子ビット」を作るには、高度な制御技術が必要だ。航空宇宙や制御システムで長年培った既存技術である制御・製造技術の強みを直接活かせることが理由のひとつだ。また、ハネウェルが手がける化学、素材、航空宇宙、サプライチェーンなど既存事業は、量子コンピューターが最も得意とする「最適化」や「シミュレーション」の領域と一致していることもあるだろう。
各種報道によると、ハネウェルは上場後もクオンティニュアムの株式を議決権ベースで約48%を保有しているという。7月23日に予定されている第2四半期決算発表で、ハネウェルが保有するクオンティニュアムの上場に伴う含み益や会計上の評価益の処理について明らかになる予定だ。
実用化へのカウントダウン、アイビーエム[IBM]は量子専用ファウンドリーの設立を発表
2025年、日本の理化学研究所がアイビーエム[IBM]の超電導型量子コンピューターと理研のスパコン「富岳」を組み合わせ、スパコンだけでは計算が難しかった化合物の性質を明らかにしたと発表した。スパコンとの連携によって新たな成果が出始めており、まだまだ先だと思われていた実用化に向けたカウントダウンが始まっているようだ。
アイビーエムは1970年代から量子コンピューティングの研究に積極的に取り組み、2016年にはクラウド上で利用可能な初の量子コンピューターであるIBM Quantum Platformを発表した。こうした長年の取り組みとこれまでの成果が積み重なっていることにより、アイビーエムは競合他社に対して知識とインフラ面で優位性を確立している。
アイビーエムと米国商務省は、CHIPS法に基づく最大10億ドルの支援を受け、ニューヨーク州に米国初となる量子専用ファウンドリーを設立すると発表した。量子ウエハー製造に特化した新会社「Anderon」を設立する。この計画は、量子コンピューティング分野のサプライチェーンを強化するための政府によるイニシアチブ(9社の量子コンピューティング企業に総額20億ドルを支援)の一環である。
Anderonは、アイビーエムから知的財産、製造設備、高度人材の提供を受けるほか、将来的には他の投資家を募る見通しだ。量子コンピューターを開発する複数のハードウェアベンダー向けに、安全な米国内製造基盤を提供する計画だ。
未来のインフラへの投資、求められる長期的なアプローチ
量子コンピューティングのハードウェア開発を進めているのはクオンティニュアムやアイビーエムだけではない。アルファベット[GOOGL]、アリババ・グループ・ホールディング[BABA]、マイクロソフト[MSFT]といった大手ハイテク企業も研究開発に取り組んでいる。また、イオンキュー[IONQ]、D ウェーブ クオンタム[QBTS]、リゲッティ・コンピューティング[RGTI]など量子コンピューティングに特化したスタートアップ企業も上場している。
米国市場に上場する量子コンピューター企業への投資は、未来のインフラを担う有望株に早期から投資できる貴重な機会と言える。ただし、量子コンピューター企業が収益化するまでは、まだ長いタイムラインが想定される。さらに超伝導、イオントラップ、光量子など、どの技術方式が最終的なデファクトスタンダード(業界標準)になるか現時点では予測不可能でもある。時間軸を長めに設定し、段階的にアプローチしたい。
石原順の注目5銘柄
