ロシアのウクライナ全面侵攻から1年

ロシアがウクライナへの全面侵攻を開始してから1年が経過した。ウクライナでは依然東部地域を中心に激しい戦闘が続いており、米欧の主導するロシア制裁も原油・石油製品の価格上限設定や第三国による制裁迂回幇助の取り締まりの本格化など、新たな段階を迎えている。

3月2~3日に開催されたG20外相会合では、前週の財相・中銀総裁会合に続いてロシア・ウクライナ情勢を巡る対立から共同声明が見送られ、国際社会の分断が改めて確認された形だ。

以上のように、ウクライナの戦況、ロシア制裁、国際社会の分断は、全面侵攻から1年を経てもなお収束に向かう兆しが見えない。専門家の間では戦闘が少なくとも向こう1年は継続するという見通しが強まっており、場合によっては数年単位で長期化する可能性も指摘されている。

こうした「長期戦」シナリオを前提とした場合、先行きを見る上で一段と重要な要素になってくるのが各国の国内動向である。その中でも、特に注目したいのが、2024年に控える「2つの大統領選挙」だ。

ロシア大統領選挙:プーチン大統領の長期政権となるか?

ウクライナ情勢に大きな意味を持つ1つ目の「2024年大統領選挙」は、3月に予定されるロシア大統領選挙である。

2008年の憲法改正で大統領任期が4年から6年に延長されたロシアでは、2018年に直近の大統領選挙が行われており、プーチン大統領が8割近い得票を得て再任した。ロシア憲法には大統領職を2期までとする条項があるが、2020年の憲法改正によりそれまでの任期は含まれないことになっている。

そのため、プーチン大統領は2024年から最長でさらに2期12年、つまり2036年まで大統領職を継続することが法制度上は可能となっている(図表1)。

図表1:ロシア大統領選挙を巡る経緯
出所:各種報道より丸紅経済研究所作成

では、ロシア国内でプーチン大統領の対抗馬はいるのだろうか?結論から言えば有力な対抗馬はほぼ存在しない。

プーチン大統領最大の政敵とされる政治活動家のアレクセイ・ナワリヌイ氏は、2023年3月現在、ロシアの刑務所で長期服役中であり、2024年の大統領選挙には出馬自体が絶望的となっている。政権内や議会から有力候補が出現する余地も乏しく、プーチン大統領が自ら身を引く選択肢を取らない限り、新たな大統領が誕生する可能性は低い。

プーチン大統領が大統領職を続ければ、少なくとも2030年まではウクライナ問題の解決可能性が遠ざかったと見ざるを得ないだろう。

元々2020年の憲法改正時に大統領経験者の不逮捕特権が追加された背景には、大統領職を辞して「院政」を敷く狙いがあったとも言われている。健康不安説も一部でささやかれる中、プーチン大統領が大統領選挙出馬を放棄して代理候補を立てることもまだ考えられる。

仮にプーチン大統領が形式的にも第一線を退けば、ウクライナ政策の緩やかな転換が図られることも考えられる。また、プーチン大統領個人の戦争責任を糾弾するウクライナ及び欧米の政治指導者にとっても、ロシアの指導者交代は対話再開の契機となり得る。

米国大統領選挙:ウクライナ支援を巡る論争

ウクライナ情勢との関連で注目すべきもう1つの「2024年大統領選挙」は、11月に予定される米国大統領選挙だ。

予備選挙開始まで1年を切った米国内では特に野党共和党における大統領候補選びを巡る動きがまさに活発化しつつあるが、その中で民主党バイデン政権のウクライナ支援を巡り、共和党内の候補者や有力者の間でも意見の違いが見られる(図表2)。

図表2:米国、共和党候補者等のロシア・ウクライナ情勢への姿勢
出所:各種報道より丸紅経済研究所作成(支持率はEmerson College Polling)

主要な世論調査で党内首位を維持するトランプ前大統領は、欧州諸国の支援負担増加を要請するなど、現状のウクライナ支援方針に対する否定的姿勢を強く表明し、ロシア・ウクライナ間の仲裁方針まで打ち出している。

トランプ氏に次ぐ有力候補であるフロリダ州知事のデサンティス氏も、バイデン米政権の「必要な限り(支援を)続ける」という方針には批判的な立場だ。その一方、トランプ政権のヘイリー元国連大使やペンス前副大統領らは、トランプ氏と袂を分かちウクライナ支援を支持する立場を取っている。

ウクライナ支援批判の背景には、単純な与党攻撃だけでなく「国内政策優先派(米国ファースト)」と「対中政策優先派」という2つの政策的主張が根拠として存在することも重要だ(図表3)。

特に対中政策により力を入れるべきという考えについては、バイデン米政権内にも共鳴するスタッフが一定程度いると見られている。

図表3:米国内のウクライナ支援批判の構造
出所:丸紅経済研究所作成

2024年の勝者を予想するのはまだ早計だが、候補者選びの前哨戦においてウクライナ支援批判の議論が強まれば、債務上限問題等を巡り財政支出に厳しい目が向けられている状況と相まって、バイデン米政権の支援方針にも少なからず影響が及ぶと考えられる。

米国は最大のウクライナ支援国であり、特に軍事支援に関してはこれまでの総額の7割近い規模を負担してきた。2023年1月までのウクライナへの軍事支援の総額654億ドルは、ロシアの国防予算(660億ドル)に匹敵し国力・軍事力で大きく劣るウクライナがロシアの侵攻に耐えた大きな要因となっている(図表4)。

逆に言えば、米国を中心としたウクライナ支援が揺らげば、戦局は本来の国力に基づきロシアへ傾くと考えられる。

図表4:ウクライナ支援額
出所:キール世界経済研究所より丸紅経済研究所作成
※2022年1月24日~2023年1月15日で集計。EUは加盟国個別の支援も含む。

プーチン大統領が米大統領選挙に抱く期待

ウクライナ情勢が「長期戦」の様相を呈する中、膠着した戦局の先にプーチン大統領が期待するものは何だろうか?

ロシアのウクライナ全面侵攻が始まって以降、ロシアにおける政権交代の可能性に期待する声がみられたが、同様の期待をプーチン大統領は2024年の米国大統領選挙に抱いているのかもしれない。

米国が政権交代によってウクライナ支援の縮小や停戦交渉の提案に舵を切ることにプーチン大統領が期待を掛けているとすれば、少なくとも2024年11月までロシア軍は戦い続けることを止めないと見るべきだろう。

コラム執筆:坂本 正樹/丸紅経済研究所