先週、このコラムの編集を担当している女性社員に「リアルのウォール街で映画みたいなロマンスってあるんですか?」と聞かれました。「個人的なことなので、あっても分からないよ」と答えたものの、そういえばこんなことがあったな、というお話です。

かれこれ30年前、私は当時独身でニューヨークにある米国の証券会社の本社勤務をしていました。ある日同じ業界の先輩の女性に「あなた独身?付き合っている人は?」と聞かれ、「いいえ」と答えたところ、「週末うちにいらっしゃい、いい子を紹介してあげるから」と言われて先輩のマンションで会ったのが今の妻です。

そろそろプロポーズをと思った頃、たまたまロスアンゼルスに住む妻の友人の結婚式があり、一緒に行くことになりました。元々工夫が好きな性格な上、普通のプロポーズもつまらないと思い、考えたのは「空の上でのドラマティックなプロポーズ」でした。

一緒に旅行に行くとはいえ、当然断られるリスクもあった訳ですが、空の上でのプロポーズには数週間前から入念な計画と準備をしました。まずは買ったことなどないうえに、サイズもわからない指輪をどうにか妻に内緒で入手し、ニューヨークからロスアンゼルス行きのユナイテッド航空のフライトを手配。そして実際のプロポーズのイメージトレーニングを繰り返しました。それでも充分な事前の準備ができたとは言えません。後はすべて当日私の計画に居合わせることになるまだあったことのない人たちが快く協力してくれるかにかかっているのです。 

ついにきた旅行の日、空港までの道中も妻は私の計画のことは知らないので彼女にとっては気楽な旅ですが、私は数時間後に行うことになるプロポーズの心の準備でドキドキです。搭乗したユナイテッド便がJFK空港を離陸、安定飛行モードとなったところで席を立ち、一番話のわかりそうなCAの女性に「自分はこれから彼女にプロポーズをする予定であるが、その告知をこのフライトのパイロットに頼んで機内向けにアナウンスをしてくれないか」とお願いをしました。CAの彼女は、ニコッと微笑むと「機長に相談してくるわ」と言ってくれ、数分で戻ってくると「オーケーです」とのこと。そこで、彼女に自分と妻の名前、そして10分後にそのアナウンスをしてもらいたい旨を伝えると私は何もなかったように席に戻りました。

後は妻に分からないように婚約指輪をジャケットの中にいれて機長のアナウンスを緊張して待ちました。機内アナウンスの最初に鳴る「ボン」という音が流れ、「ディスイズ・キャプテンスピーキング」から始まり(以下日本語意訳)、「これから当機で非常にめでたいイベントが行われます。乗客のハッチ・オカモトが、XX(妻の名前)にこれからプロポーズをします」とアナウンスをしてくれたのです。妻は機長のアナウンスに気付き、私の名前が出た段階でこのアナウンスは自分が関係することに気づきました。

この機長のアナウンスが終わるや否や、私は妻に「結婚してくれないか」とプロポーズをしたのです。

エコノミークラスの席ですから、床にひざまずくことはできないものの、彼女は「イエス」と言ってくれ私からの指輪を指に入れさせてくれました。この時には私たちの周りには複数のCAさんたちが集まって祝福の拍手をしてくれており、ファーストクラスの乗客用のシャンパンを私たちにグラスで振る舞ってくれたのです。

その後も周りの乗客からおめでとうとのお祝いの言葉を頂いたりしました。この計画の成功に協力してくれたユナイテッド航空のキャプテンとクルーの皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。

私にとっては、「人生で最も大きなイベントをこなした」という気持ちだったのですが、今振り返ると長い道のりの始まりでしか過ぎなかったのですよね。まあ、人生、その後の道のりは平坦で穏やかなだけではないわけですが、30年経った今もあの時空の上でプロポーズした女性が私の妻なのです。

「そんな映えロマンスネタをもっているなんて!絶対それ書いてください!」と編集担当者に言われて私もすっかり忘れていた話を書いてみました。30年前のアメリカのウォール街で働いていた一金融マンの私がそんなことをやったという昔話でしたがコレ、映えロマンスですかね。。