認知症での資産凍結は他人事ではない
認知症や脳の病気の後遺症などで意思を確認できない状態や判断能力が著しく低下してしまうと、金融機関での取引に制限がかかってしまいます。銀行などでは、親族などの使い込みを防ぐため、預貯金口座の本人の意思の確認ができなければ、口座からの引き出しができないようになっています。資産凍結は、銀行ばかりではありません。証券会社の口座においても認知症で判断能力がなくなると、売買や入出金ができなくなります。
金融機関が顧客の資産を守るためにとっている対応策ですので、仕方がないことです。しかし、これから介護や医療で資金が必要になる時に、本人口座からお金を引き出せないのは、家族にとって困った状況になります。
介護が長期におよぶと、本人や配偶者の生活も厳しくなり、介護費用を負担する子どもたちへの影響も大きくなるでしょう。
2020年、認知症の高齢者は推計で600万人を超えるという厚生労働省の資料があります。65歳以上の6人に1人程度に当たる数です。高齢の親を持つ子ども世代にとって、認知症での資産凍結は他人事ではないと言えるでしょう。
資産凍結後、本人のために資産を使えるようにするために「成年後見制度の法定後見」を利用することが考えられます。ただし、家庭裁判所が選任した「法定後見人」によって本人の財産を守ることを優先した財産管理が行われるため、家族の意思で資産を活用することができません。
法定後見制度にみられる問題点
成年後見制度は、2000年に施行されましたが、利用者は2020年末で23万人程度と、十分に普及しているとは言えない状況です。家族からすると、前述の通り思うような財産管理ができないことがあるようです。筆者への相談者の中でも、過去に法定後見制度を利用した方々から「使い勝手が悪い制度」という声を多く聞きます。
では実際に法定後見制度を利用した方から聞いた感想と事前の対処法をご紹介しましょう。
【事例】親のために財産が使えない現実に直面
父親の時には、メインバンクの銀行口座が凍結されてしまったので、何もわからず法定後見を利用したが、散々な思いをした。後見人の財産管理について家族に説明がなく、私たちが父親のリハビリのために本人の財産の一部の使用を要望しても制限が多く、通らなかった。父が築き上げてきた財産なのに、父のために使えないことに怒りを覚え、悲しかった。家族で何度涙をしたことか…。母親も高齢で物忘れが多くなってきたが、後見人制度は、2度と利用したくない。
現在、「法定後見」の後見人として選任されるのは、約8割が弁護士や司法書士、社会福祉士という士業が占めており、家族は2割程度しか選任されることがありません。そのため、本人のことをよく知らない後見人がお金を管理し、介護の方向性に影響を与えるケースが多いのです。
家族が事前に対策できる3つの方法
「法定後見」を使わずに家族が財産管理できる対策が3つあります。成年後見制度の「任意後見」、「民事信託」(家族信託)、「商事信託」です。
任意後見とは
成年後見制度ですが「法定後見」とは異なり、本人が元気なうちに、後見人や資産の用途を決めることができます。後見人を家族とすることができます。
民事信託とは
最近耳にすることが多くなった、いわゆる家族信託です。本人が元気なうちに家族と財産管理の方法や処分を任せる契約をしておきます。
商事信託とは
信託銀行や信託会社が受託者となって財産を管理し、契約者である本人や代理人として契約した家族の指図で処分等を行うものです。
いずれも家族で相談しながら決めていくことになります。また、どの対策も専門家への相談が必要ですし、対策にかかる費用の額や家族にかかる負担も異なります。まずは家族で話し合って管理方法や資産の用途を共有したうえで専門家に相談するのが良いでしょう。
事前対策における注意すべきポイント
銀行によっては、代理人用のキャッシュカードを発行しているところもあります。ただ、これはあくまで本人の意思確認ができる状態であることが前提です。認知症等で本人の意思確認ができないことがわかると、預金の引出が制限されることに変わりありません。
なお、一般社団法人全国銀行協会から、認知症等により本人の意思確認ができない場合に家族からの申し出があれば銀行が相談に乗ります、といった指針が出されていますが、これは事後的な対策です。また、基本的に一時的な対応で、継続的な引出については成年後見制度の利用を促していますので注意した方が良いでしょう。
今では、金融機関での事前の手続きで、資産凍結を防ぐことができますし、不動産の管理も家族信託で続けていくことができます。それらを上手に活用することを検討し、事前の対策を立てていただければと思います。