FRBの金融緩和正常化について市場の議論が喧しい。ジャクソンホールでテーパリングについての示唆がなされるのではないかとの見方も根強い。早晩に議論を開始し年末に決定、来年年初からにもテーパリング開始というのが市場のコンセンサスのようだが、僕はそんなに早くできるのかと思う。FRBのデュアルマンデートは「雇用の最大化」と「物価の安定」だが、その肝心の雇用がそう簡単に戻らないだろう、と思うのだ。
FOMC後のパウエル議長の会見でも、そこを気にしているのが明らかだ。パウエル氏はこう述べた。
・資産購入の変更の時期は今後のデータ次第だ
・(資産購入減額の条件とする「さらなる著しい進展」について)数値的な基準は示せない。今後の会合で考え方をより明確にする。「さらなる著しい進展」に達するにはまだ見極めるべきことがある。
・雇用の面ではほど遠く、強い回復を確認したい
・デルタ型の拡大は再雇用の重しとなる可能性がある
前回、リーマンショックからの回復時、バーナンキがテーパリングを示唆してテーパータントラムを起こした2013年5月の時点では、実は雇用者数減少のボトムからは3年も経過し、雇用者数はリーマンショック発生の2008年9月の水準にほぼ並んでいた。テーパリングを決めた13年12月はその水準を上回っていた。実績としてもう大丈夫という確信が得られる水準まで労働市場が改善していたからテーパリングに踏み出せたのだ。実際、2014年のテーパリング期間中に、米国の雇用はリーマン前水準を取り戻し過去最高となった。
今回の状況で、そこまでの確信が持てるのだろうか?
コロナ前に並ぶとすれば、1億5000万人程度だが、あと400万人も増えなければそこまでいかない。年内の決定には間に合わないのではないか。
米国の雇用はコロナ前に戻らないと考える、より根本的な問題がある。これは多くの識者が指摘していることだ。
・コロナによる景気後退は、自動化投資など雇用削減につながる見直しを雇用主に促す要因になった。ホテルから航空宇宙、レストランに至るまで多くの業界で運営手法の見直しが行われ、長期的な労働コスト抑制の方策が見いだされている。(WSJ 7/16)
・今、ウエーターに高い賃金の支払いを余儀なくされても、今後は自動注文システムに置き換わっていくかもしれない。今夏、いかに多くの旅行者が空港ラウンジでiPadの画面からカクテルを注文しているか、その光景を見たらいい。パンデミック中、企業は知的財産やソフトウエアなど無形資産への投資を急増させた。米コンサルティング大手マッキンゼーが経営者を対象に昨年実施した調査では、北米と欧州の経営者の4分の3以上が今後4年間にこの種の投資を加速する方針だと回答した。こうした投資は生産性を向上させるが、雇用を減少させ、ひいては需要の減少ももたらす。(ルナ・フォルーファーFT 7/23)
・パンデミック中に削減された雇用の多くはオートメーション(自動化)の結果、二度と戻らないという結論にいたった。(フィラデルフィア連銀のパトリック・ハーカー総裁 2020/12)
雇用が大幅に減っても生産はそれほど落ちない。結果、労働生産性が急上昇している。自動化、機械化のおかげだ。今回のコロナ禍では、人がいなくてもテクノロジーの進化でなんとかなる、ということがはっきりした。このトレンドはますます加速するだろう。それが雇用はそう簡単に戻らない、という理由だ。
経済は戻り、企業も大丈夫だが、雇用は戻らない。実はジョブレス・リカバリーという言葉が使われ出したのは20年も前、2000年代前半の話だ。そのころからIT化、機械化で人間の労働は要らないということが言われ出した。近年はそこにAIやロボットなどが組み合わさりテクノロジーの進歩でますます拍車がかかっている。
しかし、それは悲惨なことか?インターネットの隆興が参考になる。
インターネットなどテクノロジーの進展で失われた雇用が1とすると新たに創出された雇用は2.6だったという研究結果もある。まさに創造的破壊である。
問題は日本にこうした創造的破壊に向き合う準備があるか、ということだ。
今、日本は中小企業も雇用も「守る」ことに躍起になっている。コロナ禍のなか、国の補助金制度に対する中小企業からの申請が殺到している。また、実質無利子・無担保での融資が実行されている。これらはコロナショックの一時的な対応としては効果的だ。
しかし手厚い支援は、生産性の低いゾンビ企業の延命措置になる。長い目でみれば、むしろ経済の衰退をもたらすだろう。ゾンビ企業が延命すると、将来性あるベンチャー企業の参入が進まず、産業の新陳代謝を妨げてしまう。
「ヒト」のレベルでも同じだ。コロナ失業を防ぐため、政府の助成金で雇用維持を図る構図が鮮明になっている。5月の完全失業率は3.0%に悪化したものの、2008年のリーマンショック後に5%台になった時と比べれば大幅に抑制されている。ただ失業までには至らない休業者は210万人を超す。
実質的に失業している人を公的支援で支える政策から、成長分野への労働移動を促す人材再配置への政策のシフトが本当は必要なのだ。
先日の日経に流動性が高い国は生産性が高いというデータが示されていた(7/4 「雇用流動化 若者けん引」)。日本の生産性の低さは労働市場の硬直性にあるのは明らかだ。
このグラフをもう一度、見ていただきたい。
労働生産性を上げるには、リストラが必要と言っているのではない。これからはAIやロボット、そして今回のコロナで進んだリモートワークなどの普及で、働き方そのものが大きく変わる。
古い職場にしがみつく、また政策でしがみつかせることをしていないで、どんどん新陳代謝を進めなければならない。雇用を削減して生産性を上げるというよりは、雇用を流動化して、生産性の低い仕事から生産性の高い仕事へ、成長分野へ人がシフトするような社会にしなければならない、ということである。雇用調整助成金におカネを使うのではなく、職業訓練などに使ったほうがいい。リスクをとって起業しようとするひとをサポートするような支援金のほうが何倍もいい。
今朝のモーサテで、日本株低迷の理由は、これまで規制改革を先送りしてきたツケだと述べた。つまり、「変われない」日本は「買われない」のだ。
変化を恐れず、新陳代謝をもっと促進するような政策を政府には願いたいものである。