日本株相場は日経平均がゴールデンウイーク明けにわずか3日間で2000円超の急落を演じるなど不安定な動きを見せていたが、ここにきて持ち直しの様相が顕著になってきた。相場の悪材料が後退したからだろう。これまで相場の重石となっていた要因は主に2つあった。1つはワクチン接種の遅れに象徴される日本社会の停滞感、もう1つはインフレ懸念の高まりによるFEDの早期テーパリング観測だった。

もちろん日本の駄目さ加減は一朝一夕に改善するものではないが、それはこの際、置いておいて、ワクチン接種の状況だけ見れば、少なくとも前に進んでいることは確かである。少し前の、株式相場が悲観ムードに覆われていた時の状況をマイナス100とすれば、今は悪いながらもマイナス90くらいにはなっているだろう。

もう1つのインフレ懸念の高まり⇒FEDの早期テーパリング観測も少々行き過ぎだったとの自省がマーケットに反映されているように思える。

そもそものきっかけは5月12日に発表された4月の米消費者物価指数(CPI)が、前年同月比4.2%上昇と、市場予想の同3.6%上昇を大幅に上回る上昇となったことだ。しかし、これはコロナが引き起こしている「異常値」である。

第一に、2020年の今頃はコロナで経済が完全にストップして統計が大きく落ち込んでいた。その状況と比べればインフレが高く出るのは道理であって「ベース効果」と呼ばれるものだ。例えば原油価格ひとつとっても2020年春には先物がマイナスになるなど異常値だったので、それと比べたら今は原油だけで前年比200%という上昇率になる。

加えて、4月のCPI上昇は中古車価格の異常な高騰が最も大きな要因だった。中古車の価格は4月に10%上昇。1953年までさかのぼるデータで最大の伸びとなり、4月のCPIの前月比上昇率(0.8%)への寄与の3分の1余りを占めた。中古車が値上がりしている理由は半導体不足で新車生産が減少したことだ。新車がないので消費者とレンタカー会社は必要な車を中古車市場で調達することを余儀なくされていて、その結果、自動車オークション価格の指標は急伸している。もっと大きな背景はコロナ感染を嫌って公共交通機関を避けるため自家用車のニーズが高まっていることだが、これも一種のコロナ禍の「特需」でいずれ平常に戻るだろう。

また、現在、米国では人出不足となり、賃金も上昇している。しかし、これは失業保険の上乗せ給付が9月まで延長されているために、無理して賃金の安い仕事に就くより失業保険をもらったほうが収入がよいため、労働市場に人が戻らないからだ。4月の雇用統計の非農業部門の雇用者数が100万人増の予想だったところ26万人増にとどまったのも、このような背景からである。つまり、これは米国の政策による一種の異常な状態が創り出したインフレの構図である。

しかし、この先、米国でワクチン接種が進み、ますます経済が正常化すれば、もう失業保険の上乗せの延長はない。失業していた人は低賃金の仕事にも就かなければ収入がなくなるため労働市場に戻る。そうなれば平均賃金は低下圧力がかかるだろう。工場など製造業にも人出が戻り、供給不足も解消し、物価全般が低下すると思われる。足元で懸念されているインフレが持続的なものではないということが秋以降にはっきりしてくれば、FEDはテーパリングを急ぐ必要はない。

FEDが足元のインフレは「一時的」との見方を堅持している理由は上述のことを当たり前のようにFEDが分かっているからだ。であるならば、その異常値が正常値に戻るまで - データで確認するまで政策変更の決定などはできるわけがない。つまり、秋以降に出てくるデータを見てから、ということになるだろう。もともと米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長はじめ、今のFRB執行部は「FEDビュー」の持ち主が多い。「FEDビュー」とは①引き締めを急がない、②早く動いて景気回復に水を差すことを嫌う、③仮に対応が遅れてバブルになっても引き締めでいくらでもバブルには対応できる、というスタンスのことだ。ちなみにその反対、早期引き締め選好のスタンスを「BISビュー」という。

というわけで、9月に失業保険の上乗せが終了して、10月以降の労働市場にどのような変化が現れるかを賃金や物価指標と合わせて見ていくことになる。それらの統計が出そろうのはもう年末近くになる。そこから議論を開始すれば、仮にテーパリング開始となっても、2022年第2四半期以降であろう。