米ドル安なのか?
3月に入り、「コロナ・ショック」で世界的に株価が大暴落へ向かう中で、為替相場はまず、円高が大きく進行しました。米ドル/円は、3月前半に1米ドル=100円割れ寸前まで米ドル安・円高となったのです。ところが、その後は一転して米ドルが急反騰、一時は一気に111円まで米ドル高・円安に戻しました。
これまでのところ、「コロナ・ショック」で円高になるか、それとも円安になるか、とても難しい状況が続いています。先読みが難しい時に、一つ参考にしていただきたいのは、過去の似たようなケースではどうだったかを手掛かりにする方法です。
たとえば、「コロナ・ショック」は「リーマン・ショック」以来の金融市場の大混乱だとの解説を聞きます。では、その「リーマン・ショック」では為替相場はどのような動きになったでしょうか。
「リーマン・ショック」とは、2008年9月に、米大手投資銀行、リーマン・ブラザーズが経営破綻したことをきっかけに、世界的に株価が大暴落に向かうなど金融市場が大混乱に陥った出来事でした。その中で、為替相場は基本的に円高が広がりました。
たとえば、リーマン破綻の前に1米ドル=100円以上で推移していた米ドル/円は、「リーマン・ショック」の中で90円も割り込み、さらに2011年にかけては80円も割れて75円まで米ドル安・円高となったのです。
では、なぜ「リーマン・ショック」で為替相場はそのような円高となったのか。最大の要因は、世界経済の危機から脱出するために、「世界一の経済大国」である米国が行った大規模な金融緩和だったと考えられています。これによって米国の通貨である米ドルが大量に供給された結果、一種の米ドル「カネ余り」のようになり、大規模な米ドル売りが発生しました。
以上を少し簡略化すると、「①世界経済を救うための米国による大規模な金融緩和」→「②大量の米ドル売り発生」→「③大幅な米ドル安・円高進行」となります。さて、①は、「コロナ・ショック」でも、これまでにすでに行われていることです。米国及び世界経済の危機への対策として、米国の中央銀行であるFRB(米連邦準備制度理事会)は政策金利をゼロまで引き下げ、さらに国債などを購入して米ドル資金を供給するといった量的緩和(QE)と呼ばれる金融緩和策に踏み出しました。
政策金利をゼロまで引き下げる、その上さらに量的緩和で一段の金融緩和に動くという流れは、基本的には「リーマン・ショック」と同じです。「リーマン・ショック」では、それが「②大量の米ドル売り発生」→「③大幅な米ドル安・円高進行」となっていったと見られたわけですから、その意味では、今回の「コロナ・ショック」でも同様に米ドル安・円高に向かう可能性はやはり注目されるところでしょう。
では、それは「リーマン・ショック」後と同様に1米ドル=75~80円を目指す動きとなるのか。
いくらになるのか?
米ドル/円の分析方法に購買力平価(PPP)と呼ばれる考え方があります。これは、簡単にいえば、一物一価(同じ物はどこでも同じ値段)を前提に為替相場は物価で決まるという考え方です。たとえば、一つのリンゴを日本で買ったら100円、同じリンゴを米国で買ったら1米ドルだとしたら、1米ドル=リンゴ=100円ということで、リンゴという物価をもとにした購買力平価は1米ドル=100円になります。
ところで、この購買力平価は長期的な円高、円安をこれまでは比較的うまく説明できるものでした(図表参照)。たとえば、2000年以前まではの米ドル/円は、下がる(米ドル安・円高)と日米の輸出物価で計算した購買力平価(黄色のグラフ)まで下がり、上昇(米ドル高・円)に転換すると日米の生産者物価で計算した購買力平価(赤色のグラフ)まで上がるといった循環が続きました。
ところが、2000年以降は(それはまさに「リーマン・ショック」後もそうだったのですが)、米ドル/円が下がっても輸出物価の購買力平価まで届かず、そして上がると、生産者物価の購買力平価を大きく超えて、2015年には日米の消費者物価で計算した購買力平価(青色のグラフ)まで米ドル高・円安となりました。
これは日米の経済構造の変化を受けて、2000年頃を大まかな境として、米ドル/円の長期的な安定圏(実力)がそれまでの黄色のグラフと赤色のグラフ中心のレンジから、赤色のグラフと青色のグラフ中心のレンジにシフトしていることを示している可能性があるのではないかと私は考えています。
さて、青、赤、黄色のグラフは、足元で大まかに1米ドル=120円、95円、70円の水準です。私が考えているように、日米の構造変化を受けて、米ドル/円の安定圏が、青と赤色のグラフ中心に変わっているのなら、「コロナ・ショック」を受けて米ドル安・円高が広がっても、それは1米ドル=95円を大きく長く下回らない程度にとどまる見通しになります。