故郷福島ではゴールデンウィークが終わると、萌黄の苗が田園に広がる田植えの時期となるのですが、そういえばこのところは原油の値段ばかりがフォーカスされ、米価については触れられなくなりました。まだ高いお米もありますが品種によっては5キロ3000円台の米もスーパーの店頭で見かけるようになり、令和の米騒動も時間とともに終息しつつあるようです。

2025年はふるさと納税を使って1年間同じ品種の米を食べ続けたので、あまり令和の米騒動の実感はありませんでしたが、なぜかその期間は、お米がおいしい、という感動がどんどん薄れて食卓における主食の重要性が低下していたように思います。ふるさと納税でお米が届く期間が切れて、あれやこれやと産地と品種を選んで買うようになってから、米の味がこんなにも多様なのかと改めて驚きました。日本はコメの産地、品種が多いのだからいろいろ試していただくのもいいですね。

そして東京で食べるお米より、故郷福島で食べたお米のほうが断然に美味しかった、という記憶があります。福島は米の産地ですし水がいいので当然だと思っていましたが、もう一つとんでもない理由がありました。

ある日、保温し続けた炊飯器の米を食べた私が、これ学校で出る米飯給食の味がする、と言ったことにショックを受けた母が、家族には炊き立ての米だけを出すと決め、以後一切炊飯器で保温し続けた米は食卓に出さなかった、とお義母さんが言っていましたよ、と先日、義理の妹に聞いたのです。私は覚えていないのですが炊き立てのご飯ばかり食べて育ったのです、美味しいに決まっていますよね。給食で出る米飯は長く保温した匂いが独特でしたが、それと同じ味だ、と評した私の言葉がきっかけとなったと知り、それほど裕福でも共働きで時間があったわけでもなかったのに、そんな手間をかけていたのかと当時の母に申し訳ない気持ちでいっぱいです…。