老後の生活に対する不安のトップは「公的年金だけでは不十分」

公益財団法人生命保険文化センターが2022年に行った「生活保障に関する調査」によると、老後の生活に対する不安のトップが「公的年金だけでは不十分」、次いで、健康を害してしまい「日常生活に支障が出る」の順でした。

2024年度の公的年金の支給額は前年より増えるとはいえ、上昇傾向にある物価など実質的な年金の目減りが続いている現状を考えると不安の払拭は難しく、老後の生活資金の準備のために、貯金しておこうと考える方は多いと思います。

今回は、認知症の祖母や母の介護をしながら考えた「人生におけるお金の使いどころ」についてお話しします。

成年後見人として、認知症になった祖母の財産管理をして考えたこと

亡くなった祖母は、お金の無駄遣いをしない人でした。私が小さかった頃も、祖母からお小遣いをもらう機会は多くなく、どちらかと言うとケチな人という印象が強かったです。

そんな祖母を私が介護するようになり、母から祖母の生い立ちについて教えてもらううちに、財布のひもが固かった理由が分かったのです。

昭和30年代に祖父と離婚した祖母は、娘2人を育てるために、そして自分自身が生きていくために、必死に働いてお金を稼いだそうです。シングルマザーとして仕事と育児を両立するのは、令和の今以上に大変な時代だったと思います。

稼いだお金で家やお墓を建て、老後の生活資金を蓄えた祖母は仕事を辞めて、自宅でゆっくり暮らしていました。しかし、80歳を過ぎた頃に認知症を発症。どの銀行にお金を預けていて、どのくらいの残高があるのか、全く分からなくなってしまったのです。

そこで孫の私が成年後見人となって、祖母の財産管理をすることになりました。毎月の収支を家庭裁判所に提出しなければならなかったのですが、そのやりとりの中でお金の使いどころについて考えるようになったのです。

家庭裁判所で認められたのは「生きるために必要」な支出

成年後見制度は、判断能力が低下した認知症の人の財産を守るためにあります。家庭裁判所では祖母が生きていくための生活費や医療費、介護費用などの支出は認められましたが、それ以外の支出は原則認められませんでした。

祖母が苦労して貯めてきたお金はもう、生きていくためにしか使えません。認知症になったとはいえ、旅行へ行ったり、外食をしたり、もっと人生を楽しむためにお金を使いたいのではないか?お金の使い道を制限されてしまうことへのやるせなさを感じました。

祖母はおそらく貯金することで、自分の老後の不安を解消できたと思います。また娘や孫に迷惑をかけまいと、介護施設の費用や葬儀代を残そうとしていたのかもしれません。

それでも認知症を発症する前に、祖母の好きなようにお金を使ったほうがよかったのではないかと思ったのです。

認知症が進行する前に「前倒し」でお金を使いたい理由

祖母を看取ったあと、母も認知症になり私が介護をすることになりました。

認知症は時間の経過とともに、過去に経験した記憶が少しずつ薄れていき、できなくなることが増えていきます。そうした母の変化を近くで見ている中で、2015年に私が書いた本『医者には書けない!認知症介護を後悔しないための54の心得』(廣済堂出版)に、こう書きました。

「病院食よりも、元気なうちにお寿司を食べてもらったほうがいいですよね?つなぎパジャマよりもステキな衣服を着たほうが本人は喜びますよね?』

医療や介護にばかりお金を使うのではなく、認知症が進行する前に、元気で記憶がしっかりしているうちに、人生が豊かになるものに対して、もっとお金を使おうという意味です。

認知機能だけでなく身体機能が低下すると、移動に介助が必要になったり、外出先で失禁しないか心配になったりして、だんだん生活範囲が狭くなっていきます。いつの間にか家とデイサービスを往復する毎日になってしまい、介護以外の人生の楽しみを忘れてしまいがちです。

わが家では本に書いたことを実践しようと、母を日帰りの北海道旅行へ連れて行きました。手足が不自由な母が、慣れない部屋やお風呂で転倒するかもしれないと言うので、日帰りになったのですが、初めて訪れた北海道に満足していました。

上手にお金を使いきるという発想も必要

老後の生活資金や医療・介護にかかるお金を確保するために、貯金は大切です。しかし祖母や母のように認知症になった場合、人生の最期を迎えるよりもっと前に、自由にお金を使えなくなる可能性は誰にでもあります。

お金を貯めることばかりに注力するのではなく、体も頭も元気で動ける若い今だからできることに投資するべきでしょう。亡くなる直前に、人生で最もお金を持っているという状況にならないよう、上手にお金を使い切る発想を持ち合わせておくといいと思います。

老後の生活への不安を解消しながら、自分への先行投資も意識してみてください。