退職後は「生活費>勤労収入」に

現役時代の生活と退職後の生活で最も大きな違いはなんでしょうか。私は「収入と支出」の考え方の違いだと思っています。

「退職してもまだ少し働くつもりだ」と話す先輩が周りにいらっしゃいませんか。私も定年の時に会社を作って活動を続けている、いわゆるシニア起業家です。そうなると勤労収入があるので、まだ退職していないとも言えますが、実質は「退職後の生活」だと考えています。

現役時代は、「勤労収入=現在の生活費+将来の生活費」で、将来の生活費のための支出が資産形成になります。一方、退職後は「現在の生活費=勤労収入+年金収入+資産収入」となります。生活費を色々な収入で賄うという考え方です。そのため「退職」というのは必ずしも全く仕事をしないという時代ではなくて、勤労収入だけでは生活費をカバーしきれない時代と考えれば良いわけです。すなわち「生活費>勤労収入」の時代が退職後の時代です。

退職後に資産寿命を延命するための解決策

「生活費>勤労収入」の状態で、退職後の生活を良いものにし、長く生活を続けるためには、生活費を下げるか、勤労収入以外の収入を増やす方法を探すことになります。

改めて退職後の生活の等式「現在の生活費=勤労収入+年金収入+資産収入」から、その対策をまとめてみると、(1)生活費を下げる(2)少しでも長く働く(3)年金収入を増やす(4)資産形成と資産活用をしっかりする、ということになります。

しかし考えてみると、(2)は現役時代から長く働くための準備がなければ、思いがあってもままなりません。(3)も現役時代の年収が影響しますから退職した後では繰り下げ受給くらいしか方法がありません。もちろん(4)も現役時代に行ってきた資産形成の成果が大きく影響します。そうすると、退職後に資産寿命を延命する方法は、(1)の生活費を少なくすると(4)の資産活用をしっかりすること、に絞られてきます。

(4)の資産活用に関しては、前回のコラムでご紹介していますので、今回は(1)の生活費を削減する方法を考えてみましょう。

地方都市移住で生活費の削減を

生活費削減策の1つとして、生活のダウンサイジングが挙げられます。なかでも私がお勧めしているのが、生活コストが安い地方都市に移住して生活するというアイデアです。実は意外に多くの方が地方都市への移住を検討しています。

60代の6,500人の声を集めたフィンウェル研究所のアンケート調査(2022年2月実施)では、東京、大阪、名古屋に住む2,131人に地方都市への移住について聞いています。そのなかで、「現在移住を検討中」と回答した人は11.2%、「移住を検討したが諦めた」人は5.8%で、合わせると「移住を検討したことがある」人は17.0%となり、6人に1人が地方都市移住を検討していたことになります。意外に多いと思いませんか。

さらに実際に移住した440人にも、その移住の評価を聞いています。移住について「良かった」と回答して人が75.9%に上り、その理由として一番多くの人(42.8%)が「生活費の削減」を挙げています(複数回答可)。逆に「思ったほど良くなかった」と回答した人も、その理由として42.5%の人が「思ったほど生活費が下がらなかった」ことを挙げていますから、地方都市移住の評価のカギは、生活費の削減にあると言えるでしょう。

「生活費は落とすが、生活水準は落とさない」が移住成功のカギ

ただし、地方都市への移住が「生活費の削減」のためとは言え、それによって生活水準まで落としては意味がありません。「生活費は落とすが、生活水準は落とさない」という点が成功のカギです。だからこそ、田舎暮らしではなく、地方「都市」への移住がポイントなのです。

そこで、生活費の引き下げと生活水準の維持を想定して、5つの指標から移住先の候補を選定してみました。まずは生活水準を維持するという視点から、3つの指標を選びました。生活水準を維持するためには、ある程度の人口規模が必要と考えて、30万人以上の県庁所在都市を選定しました。その結果34都市が対象として挙がり、さらに(1)人口密度を計算することでコンパクトな街がどうかをみることにしました。加えて、前述のアンケート調査の結果から、(2)そこに住む60代の生活全般に対する「満足度」、(3)その都市で退職後の生活を想定したときに他人に推奨するかを示した「推奨度」も、都市別に平均点を算出しました。

残り2つは生活費削減の可能性を示す指標、消費者物価の地域差指数と家賃指数です。総務省統計局が発表する「小売物価統計調査(構造編)の年報」から、全国平均を基準とした10大費目別(家賃を除く)の都道府県庁所在地の消費者地域差指数を使って、東京23区との比較水準を算出したのが、消費者物価の地域差指数です。さらに、生活費の大きな部分を占める住居費も、民営家賃の水準を使って、小売物価統計調査から東京23区と比較した家賃指数を作っています。

下の図表は、東京、大阪、名古屋を除く31都市のなかから移住候補地の上位10都市を示しています。5つの指標それぞれで上位10都市を「レンジ1」、次の10都市を「レンジ2」、最後の11都市を「レンジ3」としてランク付けし、総合評価を行った結果が総合ランキングというわけです。あくまで参考値でしかありませんが、こうした整理を参考にして退職後の地方都市移住を考えるのも50代にとって少し楽しいことではないでしょうか。

【図表】退職後に移住を考える際の地方都市候補リスト(人口30万人以上の都道府県庁所在都市)
出所:合同会社フィンウェル研究所
5項目のレンジは31都市のうち上位10都市を1,次の10都市を2,最後の11都市を3としてランク。各レンジの数値を合計して低い方から総合得点を算出。総合得点が同値の場合には推奨度の高い方を上位とする。人口密度は、人口30万人以上で2021年1月1日の総務省住民基本台帳に基づく人口数を、国土地理院全国都道府県市区町村別面積調(2021年4月1日現在)の面積で除して算出。消費者物価地域差指数は、2020年消費者物価地域差指数の家賃を除く総合で東京都区部を100として計算。家賃指数は、2020年小売物価統計調査/小売物価統計調査(動向編)、主要品目の都市別小売価格-都道府県庁所在市及び人口15万以上の市を使って東京都区部を100として算出。生活全般満足度と推奨度は、それぞれフィンウェル研究所、60代6,000人アンケート、2022年より、「推奨度」は「退職後の生活する都市として自分の住んでいる都市を他の人に推奨するか」という設問を設け、「やめた方が良い」の0点から「是非移住するべきだ」の10点までの評価の平均値。「満足度」は生活全般の満足度を、「満足している」の5点から「満足していない」の1点までの5点満点で評価し、都市ごとに集計した。