円満に相続を終えるために重要なのが生前対策です。相続では、人が亡くなってからできる対策はほとんどありません。

ここで質問です。一般的に生前対策と聞くと何を思い浮かべるでしょうか。
おそらく多くの方が、
●    不動産の購入
●    生命保険への加入
●    生前贈与
など、節税対策として現金を減らすことを考えられるのではないでしょうか。もちろん、これらも生前対策の1つではありますが、生前対策は「節税対策」だけを指しているのではありません。

この記事では、生前対策を考える上で「はじめにやるべきこと」についてお伝えします。

親子間の相続でよくある「考え方」や「行動」の間違い

相続について考える時に親との話し合いは避けて通れない道です。「親から子ども」に相続についての話が出てくることはほとんどありません。やはり人は自分が亡くなった後のことについてはどうしてもネガティブになってしまうものです。「あなたが死んだ時のことについて話をしましょう」と言われて良い気分になる人はいないでしょう。

しかし「親としっかり話し合いができている」のであれば、相続が思わぬ結果をもたらす可能性は非常に低くなります。では、親子間での相続についてのよくある「考え方」や「行動」についての間違いをご紹介しましょう。

生きている間に相続の話をするのはタブーではない

よく生前対策の話になると「親がまだ健在で、元気なのに相続の話をするのは親に申し訳ない」という声を聞きます。気持ちはすごく分かります。親の立場で考えると、自分がまだ元気なのに、遺言書や、贈与などの話題を出されると「まだ死んでないのに!」と思ってしまうかもしれません。

しかし、相続について対策されていなくて後に最も困るのは残された遺族です。その意味でも、まずは相続人(資産を受け継ぐ人)である子どもの方から、親に語りかけることが重要です。「生きている間に相続の話はタブー」という考え方は全員にとって後々後悔する結果をもたらすかもしれません。何度も言うように、相続では、亡くなってから対策をとることはできません。

また、最近非常に多いのが、生前対策を放置し続けた結果、親が認知症になってしまうなどのパターンです。認知症になると、親と子が納得した上で相続の計画を立てることが非常に難しくなります。そのため、親が健康なうちに「子から親へ」相続について話しかけることがより重要となります。

被相続人に寄り添いながら話をすることが大切

とはいえ、被相続人(資産を残す人)としては子どもに突然「相続の準備を始めよう!」と言われても、前向きに進めようとはならないでしょう。突然、専門家(税理士や弁護士)のところに連れて行ったり、家族や親戚を集めて話し合いの場を設けたり、積極的過ぎる行動は返って被相続人を後ろ向きにさせてしまう可能性があります。

重要なのは、現時点で最も被相続人に近い距離にいる人(同居人や1番仲が良い人)が、一般的な世の中の現状(相続で揉め事に発展する家庭が増えてきているという事実)や、周りの人たちの事例(昔からの友人の家庭の話や、ご近所の方の話)から順を追って説明し、「そろそろ何かしら考え始めた方が良いかもね」と寄り添いながら話をすることです。

世の中の動きや、他の家庭の話をされても「自分の家は関係ない」と思いがちではないでしょうか。それは生前対策における「節税対策」を指している場合が多く、相続税は基礎控除額を上回る資産を持っていない限り、税金がかからないからです。

冒頭でも述べた通り、生前対策には「節税対策」だけでなく、「どの資産を、誰に分けるか」という遺産分割の問題についての対策も含まれます。

平成28年度司法統計の「遺産分割事件のうち認容・調停成立件数 遺産の内容別遺産の価額別」によると、遺産分割の問題へと発展するケースが最も多いのは、資産5,000万円以下の家庭です。「相続で揉めるのは資産1億円以上の資産家の話」と考えている方は、認識を改めたほうが良いでしょう。

これらの事実についても、被相続人は正しく理解できてない場合があるので「一般的な家庭でも揉め事が起きる可能性がある」ということも、丁寧に説明してあげることが重要です。

被相続人の資産の現状を確認

次に、「具体的に何を話せば良いのか」について解説していきます。

生前対策を始めるときにまず話すべきなのが、被相続人が持っている資産の現状についてです。相続とは、人が亡くなった時にその人が持っていた資産を残された人に継承していくことであり、「何を継承するのか」を把握することが、生前対策を行う上で重要です。

金額だけはなく、通帳の保管場所や取引先の金融機関を把握

現金や預貯金、家、車、土地、保険など様々なものが相続財産となります。ここで多くの方が気になるのが「資産額」だと思います。銀行口座に「いくら」お金があるのか、土地や不動産には「いくら」の価値があるのか、などです。もちろん、生前対策を行う上で、資産額を把握しておくことは大切です。

しかし、銀行の預金残高などの場合、「いくら子どもでも…」と詳しく教えたがらない親もいます。そこを無理に聞いても生前対策は前に進みません。金額を知ることも重要ですが、より重要なのは、通帳の保管場所や口座を保有している金融機関など、金額以外の詳細を把握しておくことです。

例えば「どこの銀行を使っているのか」「口座番号や銀行担当者の名前」「不動産の証明書」など、金額以外の必要情報について意外と本人しか知らないことが多いのです。これらの情報を生前にしっかりと把握しておくことも、生前対策となります。

できればこれらの情報は一元管理し、いつでも兄弟姉妹や、場合によっては専門家と共有できる状態にしておくのが良いでしょう。

親と一緒に資産状況を再確認

親と話した上で、ある程度の資産状況が把握できたら、その情報を自分で調べ直すことが重要です。人は自分で自分の資産を全て完璧に把握している訳ではありません。また、誤って認識している可能性もあります。その点を自分で調べ、親のサポートをしてあげることが重要です。

特に、土地や建物など、不動産の権利に関する扱いが複雑な資産については、司法書士、税理士などの専門家に依頼することをお勧めします。

遺産分割の話し合いで注意すべきポイント

親と相続について話し、資産状況の把握まで終われば、いよいよ「遺産分割の内容」について話し合います。

ここまで進むと、自分と被相続人の二者間だけではなく、法定相続人となり得る人も一緒に話をするのが良いでしょう。

被相続人の考えを汲み取ることが大事

まず重要なのは「被相続人の考えを聞く」ことです。「この資産は◯◯に渡したい」などといった、定性的な判断はその資産を持っている被相続人にしか分かりません。被相続人が納得できるような相続となるように、まずは考えを聞く事が非常に重要です。

また、場合によっては「相続人以外の人に贈与を行いたい」と被相続人が言う場合もあると思います。相続人の考えからすれば、知らない人に資産を渡すことで自分たちが受け取る資産が減るのは避けたいことかもしれません。しかし、資産は被相続人のものですので、考えを汲み取ってあげることが大事です。

また、仮にそのようなケースの場合、「被相続人はそう言っているけど、本当にその人に資産を渡すべきか」については、相続人同士で話し合うべきです。明らかに間違った判断なのであれば、被相続人に説明して、説得することも考えられます。

「どの資産を、誰に、どの配分で」分けるのかを話し合う

遺産分割となると「誰に、どの割合で分割するか」が焦点になりがちだと思います。資産の全てが「現金」なのであれば、それでも問題ありませんが、現金以外の資産がある場合はそれだけを考えていてはいけません。

●ケーススタディ●
父親、母親(既に他界)、兄、弟の4人家族がいました。父親は資産1億円を持っていますが、生前に父親と兄弟で話し合い、資産は半分ずつ分けることに決めていました。しかし、父親が亡くなった後、資産の詳細を見ると現金は少なく、1億円の資産のうち8000万円が持っている土地の価格だと分かりました。この場合、仮に兄が土地、弟が残りの資産を受け取った場合、兄が8000万円、弟が2000万円となり、生前に話し合っていた内容とは異なる結果となり、弟が損をする結果となってしまいます。

上記は少し極端な例ではありますが、相続ではこのようなケースが非常に多く発生します。その意味でも、遺産分割については、割合だけでなく「どの資産を、誰に、どの配分で」分けるのかを話し合うことが重要です。

生前に話し合い、遺言書を書く

遺産分割の内容が決まれば、最後に忘れてはいけない事があります。遺言書を記載することです。遺言書の準備を忘れると、相続発生後、相続人全員で改めて遺産分割協議を実施しなければなりません。そうなると争族に発展する可能性も高く、また限られた期間内で遺産分割を話し合う必要があるため、しっかりと生前に話し合い、遺言書を用意しておきましょう。

生前対策については、不動産対策などの節税対策よりも、まずは上記の準備をしっかりと行うことが重要です。

監修:税理士 牛腸真司