前回のつぶやきから1ヶ月以上も間が空いてしまいました。毎日々々思うことはいっぱいあるのですが、「毎日書かねばならない」という習慣を手放すと、書かないうちに次の日になってしまいがちです。人間は本当に怠け者ですね。

さて今日は「本の輪廻」の話。父は文字通り本の虫で、実家の内壁は床面から天井まで本棚で、そこに奥と手前に二列にぎっしりと本が収められていました。私はその本のジャングルの中から、棚の下の方からルビ付きの本を引っ張り出して読んだり、あるいは棚を登っていってもっと刺激的な本を眺めたり、要は本当に文字通り本に囲まれて育ちました。父はその後2回引っ越して、大切な本は引き連れて次の住処に持って行っていたのですが、実家にもそれなりの量の本がまだ残されていました。

そんな父が、約1年前につぶやきに書いたように、他界しました。父は亡くなる前日まで、古代ローマの詩人・ホラティウスのラテン語の本を、ラテン語-フランス語辞典を引きながら読んでいました。自分の父ながら大したもんです。最後の住処の本は、一部は私の書斎に引き取り、後は全てトランクルームに移して保管しています。問題は実家に残された本です。実家が古くなり、処分することにしたのですが、この本をどうするか。

本を作ることを仕事とし、本を買うことを趣味とし、本を読むことをライフワークとした父の遺品です。私が生まれ育つ生活の基盤を支えた本。この本を、雑に処分することは、もちろんどうしても出来ません。そこで馴染みの神田の古書店に相談し、全冊、引き取っていただきました。そして神田の古書マーケットに出し、有り難いことに買っていただいたお店があり、今頃はまた神田のどこかで、古本屋さんの書棚に並んでいることでしょう。

護国寺にある会社から、夕方前には神田に行って、本を買って直帰していた父。その父の本たちが、今また、神田に戻りました。本の輪廻です。そしてまたどなたかの手の中に行くことでしょう。馴染みの古書店の方から、マーケットでちゃんと売れたことを聞いて、私は本当に嬉しかったです。穏やかに満たされる感覚がしました。本は大切にしたいですね。