低下するインフレ対策の利上げの必要性
バイデン政権と下院共和党による債務上限問題での合意を受けた法案、「財政責任法案」(通称、債務上限法案)が5月31日、下院で賛成多数により可決。今後上院での採決を経て成立する見通しとなった。この法案では歳出、いわゆる政府支出の削減が盛り込まれており、これは基本的に米景気にはマイナスの影響をもたらす見通しだ。この結果、インフレ対策の利上げの必要性は一段と低下する可能性があるだろう。
すでに、3月に金融システム不安が浮上して以降、信用収縮が景気を抑制する影響をもたらしていると見られている。それに加えて、歳出の削減により財政面でも景気を抑制する可能性が今後出てくる見通しとなってきたわけだ。この結果、金融政策においてインフレ対策で需要を抑制するための利上げの役割は一段と低下する見通しとなりそうだ。
そもそも、歳出削減を巡る交渉が比較的スムーズに展開した背景には、うがった見方をすればFRB(米連邦準備制度理事会)への期待があったとしてもおかしくないのではないか。すでに政策金利が大幅に引き上げられた結果、景気が悪化に転じた場合にもFRBには大幅な利下げ余地から金融緩和の発動余力が大きくなっているためだ。
政権と議会共和党の交渉が本格化した5月中旬、パウエルFRB議長の発言は、6月利上げ見送りを示唆したと受け止められ、意外な「ハト派」発言と解釈された。しかし、この背後で、政権とFRBの間でさらなる利上げに慎重になる一方、いざとなれば利下げへの転換へ柔軟に対応するといった、ある種の連携があったとしてもおかしくないのではないか。
3月の金融システム不安の浮上以降警戒された米景気の減速は、これまでは懸念されたほどではなかった。定評の高いGDP予測モデルであるアトランタ連銀のGDPナウは、4~6月期のGDP成長率の予想値について、5月17日には前期比年率2.9%としていた。ただし、それを26日の更新で1.9%へ比較的大きく下方修正した。こういった中で、今回の債務上限問題を受けて、歳出も削減される見通しとなったことを考えると、米景気の先行き見通しは、これまでより悪化する可能性が高くなっていると考えるのが普通だろう。
6月中旬に予定されているFOMC(米連邦公開市場委員会)ではメンバーの経済見通しである「ドット・チャート」が更新される。この中で、2023年末時点のFFレートの予想値は、今のところFRB関係者が年内の利下げの可能性を否定していることからすると、3月に更新された5.1%から据え置かれる可能性が高いと考えられる(図表参照)。
ただし、「サプライズ」があるとするなら、それは上方修正より下方修正の可能性が高くなってきたのではないか。さらに2024年末のFFレート予想値を下方修正するなど、金融緩和のポテンシャルが高くなっている可能性には注意が必要ではないだろうか。