前編「『健康脳』のつくり方―東北大学・瀧教授にインタビュー」では、「健康脳の維持」について、脳科学のフロントランナーである東北大学の瀧靖之教授に、最新の知見をもとにお話をうかがいました。後編では、いまや生活に欠かせないスマホとの付き合い方や対面コミュニケーションの重要性など、健康な脳を保ち人生を豊かにするための日常の小さなヒントを紹介します。
●瀧靖之さんプロフィール●
東北大学加齢医学研究所 スマート・エイジングセンター センター長・臨床加齢医学研究分野 教授。東北大学発スタートアップ 株式会社CogSmart技術顧問。医師・医学博士。「脳の発達と加齢に関する脳画像研究」「睡眠と海馬の関係に関する研究」「肥満と脳萎縮の関係に関する研究」など多くの論文を発表している。10万部突破のベストセラーとなり、海外でも複数ヶ国で翻訳本が出版されている『生涯健康脳』(ソレイユ出版)や『賢い子に育てる究極のコツ』(文響社)はじめ著書多数。テレビ東京「主治医が見つかる診療所」、NHK「NHKスペシャル」、NHK「あさイチ」、TBS「駆け込みドクター!」など、メディアにも多数出演。
スマホ利用における「ドーパミン」の罠―「好き」と「依存」の違い
――「健康脳」の維持には運動と睡眠が大切とのことでした。最近は、つい寝る直前までスマホを確認するのが習慣となっている方も多いと思います。
就寝前のスマホの使用は、ブルーライトが睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌を抑えてしまうため良くありません。また最近、SNSの利用者の中には、「寝ている間に話題に取り残されてしまう」という恐怖心をお持ちになる方もいて、そうなると脳が覚醒してしまい、眠れない状態になると言われています。対処は難しいのですが、一案としてスマホとの付き合い方を変えることが大切です。
例えば、私はスマホを完全に「仕事の道具」と割り切り、寝る前は一切見ず、寝室には持ち込まないように徹底しています。 もちろん、私も趣味のYouTubeなどは見ていますが、エンドレスにならないように心がけています。端的に言うと、「ダラダラと見ると時間がもったいない」という意識を大事にしているということです。
――確かに、流れてきたショート動画をついダラダラと見て、時間がもったいなかったなと思うことがありますね。
これは、脳内のドーパミンという物質が関係しています。ドーパミンは心地よい・楽しいと感じたときに放出され、快感や喜び、意欲を生み出すことから、「報酬系」の神経伝達物質と呼ばれています。また、「楽しいことがありそう」と予期した時(予期期待)にも出ます。例えば、スマホで動画を見るのがやめられないのは「面白い動画があるかもしれない」という期待やワクワク感から、延々に見てしまうことも理由のひとつです。
意欲を持つという意味では大事な感情ですが、行き過ぎると「依存」につながります。「好き」は単純に楽しいからやることですが、「依存」は楽しくない、あるいは学力、睡眠、家族関係などに影響が出ているのに「やめられない」状態を指します。スマホやネットゲームは音や光、ガチャなどでさまざまな方向から刺激を与えるため、「好き」と「依存」の距離が近くなりやすいように作られています。ここが運動や楽器演奏とは大きく異なります。
これに抗うためには、スマホを物理的に目の届かないところに置いたり、運動や別の趣味からワクワク感を得られるようにしたりすることが有効です。 特に、運動は脳内のさまざまな機能のバランスを整えてくれると言われています。しかし、ゲームから運動に切り替えるのはかなり難しいと思います。そういう方には、釣りなどもおすすめです。自然の中で思考を働かせ、魚が来るのを待つのは適度な期待感が得られて、脳に良い影響を与えると言われています。
幸福感を高める「リアルなコミュニケーション」の重要性
――脳の健康には、脳に適度な刺激を与える趣味を見つけることのほかに、「コミュニケーションを取る」ことも有効なのでしょうか?
会話は重要です。人が幸福を感じるのは、コミュニケーションを取っているときだと言われています。自分の気持ちを相手に理解してもらえた時、あるいは相手の気持ちを理解できた時、いわゆる「共感性」が人を幸せにする大きな要素です。ゲームなどで幸福感を得るよりも、コミュニティや家族、友人とのコミュニケーションで幸福感を得るほうが脳にとっては健全です。
――文字でのやり取りもコミュニケーションの一つだと思いますが、やはりリアルな対話が良いのでしょうか?
その通りです。私たちのコミュニケーションには、非言語的な表情や仕草、また、「プロソディー」と呼ばれる話す速さや声の抑揚などが大事な役割を持っています。文字だけだとこうした情報が落ちてしまい、相手の気持ちを理解しにくくなります。仕事中はテキストベースになりがちですが、それ以外の場では対面での会話を増やすことがとても大切です。
「ノスタルジー」が幸福感を高め、将来のプランニングに繋がる
――これまでに出てきたもの以外で、健康脳を維持するために良い実践法はありますか?
ささやかながら日々の楽しさを感じる「主観的幸福感」を高めることです。これがストレスレベルを下げることにつながります。また、さまざまな研究で、ストレスレベルが下がると生活習慣病のリスク軽減や脳の健康維持につながることが報告されています。私たちの研究で最近特に力を入れているのが、「ノスタルジー(昔を懐かしむこと)」です。
例えば、中学生くらいの頃に聞いていた音楽を聴いて「懐かしいな」と思うことがあります。その際、「懐かしいな」と思うだけではなく、そこから「そういえば、この曲ってあのとき、あの場所で誰々と聞いたな」「〇〇は今、何をしているかな」と次々に思いがつながることもあるでしょう。
基本的に食べ物であれ場所であれ、さまざまな思い出は最終的には人との思い出につながることが多いと言われています。こうした「昔を懐かしむ」行動が社会との温かいつながりを想起させ、ドーパミン系を良い意味で刺激してくれます。
――確かに、過去を振り返り思い出に浸ることで、ネガティブな気持ちになることは少ないですね。
人は生存本能により、ネガティブな思い出も時間が経つとニュートラルになる傾向があるため、良い思い出に浸りやすいと言われています。さらに、昔を思い出す時の脳の領域と、将来のプランニングをする時の脳の領域は重なり合っているとも言われています。
私たちは将来の見えない落とし穴を避けるため、常に過去の経験を参照しています。昔を振り返り懐かしむことは、実は将来のプランニングにもつながる素晴らしい行動なのです。
――ここまで様々にお話を伺ってきましたが、健康脳の維持には特別な意識よりも「ちょっとした心がけ」が大切になってきそうです。
行動や考え方も本当に小さなことの組み合わせですよね。何か大きなことをやって達成するのは簡単ではないですし、小さなことの積み重ねで幸福感をどんどん高めていくようなイメージです。「楽しい、ワクワクする」と思うことを追求し続けることが、自分の人生をより良いものにしてくれるでしょう。
>>>前編「『健康脳』のつくり方―東北大学・瀧教授にインタビュー」
企画・編集/マネックスSP信託 徳永玲
※本インタビューは2026年9月15日に実施しました。
