山々では紅葉が進み、秋の深まりを感じる季節になりました。この三連休は各地で大混雑・大渋滞だったことでしょう。そんな中ですが、少し季節をさかのぼって、今年の夏のドラマのお話を。

2026年夏の民放ドラマで印象に残ったのは『告白』と『Tシャツが乾くまで』でした。どちらも非現実的な設定ながら、人間の感情や関係性について考えさせられる作品でした。共通する問いは、「私たちは他人をどこまで理解できるのか。そして、自分が信じる正しさは、本当に正しいのか」だったように思います。

『告白』では、善と悪、正義と過ち、愛情と執着が表裏一体であることが描かれていました。見る立場が変われば、正義が過ちになり、誰かを守る行動が別の誰かを傷つける。一方、『Tシャツが乾くまで』は、人間の感情や関係性に簡単な正解などない、ということなのでしょう。ただ、私は回が進むにつれモヤモヤ。理解できても、納得できなかったのです。

今の世の中、白黒つけられないことが増えたのでしょうか。それとも、もともと白黒なんて簡単につけられなかったのでしょうか。私たちはこれまで、異なる価値観や正義を持ちながらも、倫理観や社会のルール、秩序という共通の物差しを頼りに、折り合いをつけてきたのでしょう。ところが今、その物差し自体が揺らいでいるように感じます。

トランプ大統領は、従来の国際秩序に独自の正義を突きつけています。そして、AIの進化もまた、私たちに新たな問いを投げかけています。人間の可能性を広げる一方で、犯罪者の能力まで増幅してしまう。技術そのものに善悪があるわけではありません。だからこそ、何を正しいとし、何を許さないのか。人間の倫理観と責任が、これまで以上に問われています。

どんな時代でも、リーダーは白黒つかないことでも決めなければなりません。自分の正義を持つことと、自分の正しさを疑うこと。その両方が必要なのだと思います。ただ、共通の物差しが揺らぐ今、対話を重ねている間にも、誰かの正義によって世界は変わっていきます。理解する努力を続けながら、決めるべきときには決める。理解と納得のあいだで、いつまでも立ち止まってはいられませんね。