今日、1年半ぶりに大阪の実家に帰りました。始発の新幹線に乗り、午前中だけ過ごしてとんぼ返り。慌ただしい帰省でしたが、これが私の育った家への最後の帰省となりました。
以前、このつぶやきで、両親が長年暮らした実家を離れ、新しい住まいに引っ越したことを書きました(『ただいまを言う場所』)。ただ、もし新しい環境に馴染めず、元の家に戻りたいと言い出したら…。そんなことも考えて、実家は売らずに残していました。幸い、両親は新しい暮らしにもすっかり馴染んでいます。そして、このたび実家を手放すことになりました。昔の写真など残しておきたいものを整理するため、そして何より、最後にもう一度実家に「ただいま」を言いたくて、予定をやりくりして急遽帰ることにしたのです。
私の人生は大阪府寝屋川市の団地暮らしから始まりました。2~3歳の頃に別の団地に引っ越し、小学校4年生くらいのとき、同じ学区内の一軒家に引っ越しました。決して広い家ではありません。でも、2階建ての一軒家!しかも、自分の部屋ができたことが本当に嬉しかったのを覚えています。
その家で私は大学を卒業するまでの年月を過ごしました。子ども時代の思い出も、思春期のあれこれも、家族との何気ない日常も、人生観を変えた出来事も、両親の苦労や再起も、すべてあの家に詰まっています。
久しぶりに家に足を踏み入れると、「天井ってこんなに低かったっけ? 階段もこんなに急だった?」と驚きました。あちこち古くなっていて、40年という歳月を改めて感じます。一方で、家の中を見渡すと、懐かしい記憶が次々とよみがえってきました。たこ焼きパーティー、豚まんパーティー、手巻き寿司大会。家族で食卓を囲んだ賑やかな日々です。20年以上ぶりに入った自分の部屋は、すっかり物で溢れかえっていました。でも、受験勉強の合間に窓から眺めていた景色は、あの頃のまま。そろばん大会の賞状やトロフィーも、埃をかぶりながらちゃんと残っていました(笑)。
実家がなくなる。そう考えると、やっぱり寂しい。でも、両親が新しい暮らしに馴染んでくれたからこそ、こうして家を手放すことができる。大切なものを手放すのは寂しいけれど、それは何かが前に進んだ証でもあるのかもしれません。家という形はなくなっても、そこで育まれたものは私の中に残り続け、家族のつながりも変わりません。
最後の「ただいま」。そして、長い間、本当にありがとう。
