半導体株調整の要因を整理

先週末まで続いてきた半導体株の調整も一巡した感がある。先週見られた大幅下落の背景を整理すると以下の通り。

1.米ハイパースケーラーのAI過剰投資懸念が再燃
メタ・プラットフォームズ[META]が余剰計算能力を外部提供するクラウド事業を検討との報道を受け、AIインフラの供給過剰懸念が強まった。

2.中国発のショック
1)AIショック:月之暗面(ムーンショットAI)による「Kimi K3」の登場が衝撃を与えた。
2)中国メモリーメーカーCXMT(ChangXin Memory Technologies)の急成長:親会社のIPOによる資金調達⇒増産投資によるメモリー供給増加⇒メモリー市況悪化への懸念

3.韓国のレバレッジETF
1)サムスン電子・SKハイニックス[SKHY]の急落を受け、レバレッジETFのロスカット売りが売りを呼んだ。
2)韓国政府によるレバレッジETF規制強化:新規上場停止や最低預託金引き上げなどにより、AI関連への資金流入鈍化が懸念された。

4.日本の信用買い残急増
キオクシアホールディングス(285A)などで信用買いが積み上がり、相場下落で投げ売りが発生。信用取引の強制決済(追証・ロスカット)が下落を加速。

このうち3,4については需給要因であり、相場のボラティリティが激しくなったことの説明だが、本質的な下落要因ではない。

米ビッグテックの影の債務は「見えている債務」へ

1については、これまで何度も蒸し返されてきたことであるが、足元でまた不安視されている。日本経済新聞は7月21日付朝刊1面で「米テック5社『影の債務』268兆円」という記事を掲載した。記事によると、メタなど米ビッグテックで、バランスシート(貸借対照表)上では見えないAI関連投資の将来の債務が膨らんでおり、試算では主要5社合計で1兆6500億ドル(約268兆円)と約4年で8倍になり、実際の債務を上回ったという。いわゆる簿外(オフバランス)の債務である。記事は、市場も警戒を強めていて、投資銀行や格付け機関などから詳細な分析レポートの発行が相次いでいるという。

ということは、それならばもう「見えない債務」ではない。日経が1面で報じた段階ですでに多くの投資家が認知している「見えている債務」だ。よく言われることだが、「リスク」はその所在がわかった時点で「リスク」ではない。だから、これはこの相場が根底から崩れるような決定打にはならないと思うが、それでも今後も何度も何度も蒸し返されて、相場を大きく揺さぶり続けることは間違いないだろう。それに、「まだ見えない」なんらかの要因が呼応したときは大きなリスクとなる。

2のチャイナ・ショックだが、1)の月之暗面(ムーンショットAI)による「Kimi K3」の衝撃は2025年初頭のDeepSeekショックの焼き直しである。その時、僕はストラテジーレポートで「DeepSeekは騒ぎ過ぎ」と書いた。

<AIは自身が有する特徴である機械学習、深層学習によって驚異的な進化を遂げるものであるということは、すでに自明であったことなのだ。

だから、DeepSeekのようなものが出てくるのは、まったく不思議ではない。今後も第二、第三のDeepSeekが出てくるだろう。そうやってAIの普及がさらに加速し、有益な社会インフラとして定着していくのだろう。

テクノロジーはさらに進化をする。AIも発展し普及していく。それに伴う半導体などの産業が成長するのも間違いないだろう。ただし、株価に過度な成長期待が織り込まれていたとするならば、それは修正される局面がくるだろう。>(ストラテジーレポート2025年1月29日付)

今回のK3のようなものが出てきて、市場の波乱要因になることは完全に想定内であった。
問題は2)の中国のメモリーメーカーの台頭である。これは日本の半導体株相場のけん引役であるキオクシアにとって大きな問題だ。果たして彼らはキオクシアの脅威となるか。中国メーカーの増産でメモリー需給が緩み、価格の値崩れが起きるのだろうか。これはキオクシアのバリュエーションを考えるうえで非常に重要なポイントだ。

中国のメモリーメーカーの台頭はキオクシアの脅威となるか

順を追って整理すると、まずひとつの悪材料は中国のDRAM最大手、ChangXin Memory Technologies(CXMT)の台頭だ。親会社であるCXMT CorporationのIPO(2026年7月27日)を控え、増産投資で想定以上にメモリーが供給されるリスクを市場は警戒する。CXMTは確かに、韓国のサムスン電子やSKハイニックス、米マイクロン・テクノロジー[MU]と競合し、DRAMで世界4位のシェアを持つ大手メモリーメーカーである。

ただ、CXMTはDRAM専業であり、NANDは作っていない。キオクシアのNANDを脅かしているのは、同じ中国勢でも長江存儲(YMTC)の方である。CXMTが資金力をバックに増産し、メモリー市況を悪化させるかもしれないが、それはDRAMの話である。

キオクシアにとっての直接の脅威であるYMTCの技術水準は、率直に言ってかなり高い。実際、市場シェアでも2026年第一四半期のNAND世界シェアでYMTCは13%と、キオクシア14%、マイクロン13%に並ぶ水準まで上昇(1年前は8%、売上高は445%増)している。

ただし、この勢いが続くかは何とも言えない。第一に製造装置の制約がある。2022年の米規制以降、YMTCは欧米製装置へのアクセスを断たれ、新工場Phase 3では装置・材料の50%超を中国メーカーから調達しており、最先端世代でどこまで歩留まりを維持できるかは未知数。第二に、データセンター向けeSSDのような高付加価値領域では、コントローラ・ファームウェア・顧客認定の蓄積が必要であり、ここではキオクシアがまだ優位だ。

eSSDとはenterprise SSD(エンタープライズSSD)の略で、データセンターのサーバーやストレージ機器に組み込まれる業務用SSDのこと。中身の記憶素子は民生品と同じNANDフラッシュだが、製品としての性格はかなり違う。

普通のPC用SSDとの違いを挙げると、まず耐久性だ。データセンターでは24時間365日、大量の書き込みが連続するため、DWPD(1日あたりドライブ全容量を何回書き換えられるか)という指標で保証水準が定められ、民生品より桁違いに高い書き込み耐性が求められる。次に性能の安定性。ピーク速度よりも、負荷が集中した時でも遅延(レイテンシ)が一定範囲に収まることが重視される。クラウド事業者にとっては、たまに速いことより、常に遅くないことの方が価値があるからだ。さらに電源瞬断時のデータ保護回路、稼働中の障害予測・監視機能なども必須。

インターフェースも異なるし、容量も最近は100TB超という大容量品が中心である。

端的に言って、この領域には大きな参入障壁がある。「NANDチップを作れる」ということと、「eSSDをハイパースケーラーに納入できる」ことはまったくの別物と言っていい。

キオクシアの防衛線はeSSD領域 優位性を2-3年は維持か

鍵はコントローラ(チップの制御半導体)とファームウェアで、大量のNANDを束ねてエラー訂正・摩耗平準化・遅延管理を行うソフトウェアのグレードは長年の蓄積がものを言う。AWSを運営するアマゾン・ドットコム[AMZN]やGoogle、Metaのようなハイパースケーラーに納入するには、顧客ごとの厳しい認定試験(クオリフィケーション)を通過する必要があり、これに通常1年以上かかる。一度認定を取ったサプライヤーは簡単には切り替えられないため、既存メーカーに有利な構造だ。

AIブームで需要の重心はまさにeSSDに移っており、学習データやモデルの格納用に大容量eSSDがデータセンターで爆発的に伸びている。キオクシアの防衛線は、YMTCが価格勝負を仕掛けやすい汎用NANDチップやスマホ向けではなく、この認定と信頼性の壁で守られたeSSD領域にあるわけだ。そして、ざっくり言って、キオクシアは2-3年は優位性を保てるだろう。

しかし、である。逆に言えば、YMTCがハイパースケーラーの認定を突破し始めたら、それは大きな脅威だ。注視すべきポイントはまさにこの点だ。この情報をいかに早くキャッチするかが、このAI・半導体株相場を高値で売り抜けるかの生命線となるだろう。

キオクシアの株価は一目均衡表の雲の下限できれいに切り返している。調整も一巡したとみていいだろう。

【グラフ1】 キオクシア一目均衡表
(出所:マネックス証券サイト)

PER(株価収益率)は6倍台まで低下した。それはキオクシアの株価が爆騰を始める前の水準に戻ったということである。バリュエーション面の調整もじゅうぶんである。

【グラフ2】 キオクシア株価とPER
(出所:Quick Astra Managerよりマネックス証券作成)

6倍台のPERは割安かという議論はあるだろう。需給に左右される市況産業は大きな利益が出ても、それが特需など一時的な要因であればPERは割り引いて判断されて然るべきだからだ。

しかし、それはキオクシアをいまだにNANDフラッシュのメモリー・メーカーだと捉えているからだ。NANDフラッシュというのは、記憶素子そのもの、つまり半導体チップだ。それに対して、上述したeSSDはそのNANDチップを何十個も基板に載せ、コントローラ(制御用半導体)、キャッシュ用のDRAM、電源保護回路、ファームウェアを組み合わせて作る完成品のストレージ装置である。

つまり、部品と完成品の違いだ。自動車で言えば、エンジンと完成車の違いである。キオクシアはクルマの主要部品であるエンジンも作り、そしてクルマそのものも作っているということだ。言うなれば、半導体業界のトヨタみたいな存在になっている。

そう考えると、キオクシアがトヨタの時価総額を抜いたのも不思議ではない。ただ、完成車メーカーのPERも高くないことは、ちょっと気懸りではあるが。