米中間選挙の日本株への影響、半導体株への売りを呼んだ理由

11月4日の東京市場は荒れに荒れた。米中間選挙で民主党が上下両院を制したことを受け、日経平均は朝から一本調子で下げ、下げ幅は一時3,000円を超えた。心理的節目の6万円に迫る場面もあった。民主党がAI関連の規制強化やデータセンター建設の抑制に動けば、AI投資が急減速し、米国経済も腰折れしかねない。そんな連想が半導体株への売りを呼んだのである。

その後、トランプ米大統領が選挙結果を全面的に受け入れ、民主党と協力すると語ったと伝わると、米株先物が反転し、日経平均は下げ幅を2,000円以上縮めた。終値は893円安の6万2188円。それでも7月30日以来、約3ヶ月ぶりの安値である。

そして、である。その夜(つまり11月4日)のニューヨーク市場で、NYダウは大幅高となった。11月4日の東京市場の狼狽はいったい何だったのか。

今回の選挙で民主党が優勢であることは、事前の世論調査でも広く伝えられていた。ブルーウェーブはコンセンサス通りの結果である。予想通りの事実は、本来、新たなショックにはならない。むしろ選挙という不透明要因が消えることで、米中間選挙後は株価が上がりやすい。これは市場関係者の間でよく知られたアノマリーである。

AI規制についても冷静に考えたい。議会の多数を握ったからといって、明日からデータセンターの建設が止まるわけではない。法案の審議には時間がかかるし、大統領には拒否権もある。何より、AIは米国の国家競争力の源泉であり、対中国という観点から党派を超えて重視されてきた分野だ。規制を巡る議論は強まるにせよ、AI投資を急停止させるような政策がすぐに実現するとは考えにくい。

つまり、ファンダメンタルズの観点からは、一時3,000円安という下げは説明がつかない。まったくおかしな反応だったと言わざるを得ない。

なぜこうなるのか。第一に、日本市場は海外で起きたイベントに対して、いつも最初のリアクションを迫られる位置にある。米国の選挙結果が判明するのは日本時間の朝から昼にかけてだ。その時間帯に開いている主要市場は東京をはじめとするアジアだけである。結果を咀嚼し、評価を固める時間もないまま、東京は真っ先に値段をつけなければならない。

米国株そのものを売れない時間帯に、世界の投資家がとりあえずのヘッジとして売るのは、流動性の高い日経平均先物だ。ヘッジの売りが東京に集中する。しかも、その売りを受け止める買い手がいない。

いわば日本市場は、世界のリスクを最初に引き受けさせられるサンドバッグなのだ。米国市場が開いて冷静な評価が下されるころには、東京の取引はとうに終わっている。

2016年の既視感

日本市場は最初のリアクションを迫られるだけではない。その反応を、慌てて修正することも迫られる。2016年の米大統領選がまさにそうだった。

トランプ氏が初当選を決めた開票日、日本時間2016年11月9日の東京市場は、朝方こそクリントン氏優勢との見方から買われて始まった。ところがトランプ氏優勢が伝わるにつれて円高・株安が急進し、日経平均は919円安の1万6251円で引けた。下落率は5.36%。英国のEU離脱決定以来の大きな下げだった。

だが、その夜の米国市場では減税やインフラ投資への期待が勝り、米国株は上昇、ドル円も切り返した。翌10日の日経平均は1092円高の1万7344円。前日の下げをすべて取り戻したうえ、開票前の8日の終値を173円上回った。一晩で、市場の評価は「トランプ・リスク」から「トランプ・ラリー」へと切り替わったのである。日経平均はそこから上昇を続け、12月12日には1万9155円と1年ぶりに1万9000円台を回復した。11月9日の終値から約18%の上昇である。

実は同じ2016年、日本市場はもう一度、同じ目に遭っている。6月24日、英国のEU離脱が決まった日だ。朝方は残留派優勢の見方から買われたが、離脱が確実になると先物主導で売りが売りを呼び、日経平均は1286円安の1万4952円と暴落した。大阪取引所が先物取引の一時中断措置を発動したほどである。東京はここでも、世界で真っ先に反応を迫られたのだ。だが、この日つけた安値1万4864円が、結果的にその年の大底となった。

慌てて売り、慌てて買い戻す。今回も構図はまったく同じだ。しかも2016年の2回は、いずれも予想外の結果だったから、初動の狼狽にもまだ言い訳が立った。今回のブルーウェーブはコンセンサス通りである。それでも一時3,000円安というのだから、日本市場の過敏な反射神経は10年前から何も変わっていない。

2016年、日本市場はファーストリアクションでの急落を2度も経験した。それでも同じことが起こる。なぜか。

ひとつは、日本市場の構造問題が変わっていないからだ。最初に反応を迫られる時差の宿命に加え、需給の面でも脆さを抱えている。これについては後で述べる。

もうひとつは、人間の心理が変わらないからだ。恐怖に駆られた売りが売りを呼ぶのは、いつの時代も同じである。

さらに加えるなら、ひとは歴史から学ばない、ということかもしれない。いや、正確には「学べない」のだ。歴史は繰り返さないが韻を踏む、という。似ているようでいて、ちょっとずつ違うのである。2016年6月は予想外の離脱、11月は予想外の勝利、そして今回は予想通りの大勝。毎回、装いが少しずつ違うから、ひとは過去の教訓を目の前の出来事に重ねられない。そして同じ過ちを繰り返す。

先物に振り回される薄い市場

第二に、需給構造の問題がある。日本株の売買の主役は海外投資家であり、なかでも短期の投機筋が先物を通じて相場を大きく動かす。日経平均は値がさの半導体関連株の影響を強く受ける指数だ。先物が売られれば、裁定取引を通じて指数寄与度の大きい銘柄に機械的な売りが出る。「AI規制で半導体安」という分かりやすいストーリーは、先物で仕掛けるには格好の材料だった。

第三に、投資家の層が薄いことだ。米国では、年金や投資信託を通じて株を長期で持ち続ける分厚い資金が相場の底を支えている。下がれば押し目を拾う投資家が必ずいる。日本でもNISAで個人の裾野は広がりつつあるが、日本株を腰を据えて保有する国内の買い手は、まだ十分に厚いとは言えない。逆張りの買い手が薄い市場では、相場は一方通行になりやすい。

11月4日の値動きは、まさにその典型だった。午前中は売りが売りを呼ぶ一方通行。トランプ発言で風向きが変わると、今度は買い戻しで2,000円以上も切り返した。ファンダメンタルズは朝と夕方で何ひとつ変わっていない。変わったのは投機筋のポジションだけである。

市場の「癖」を知って構える

海外イベントのたびに真っ先に反応を迫られ、それを慌てて修正させられる。先物で振り回され、投資家の層が薄いために一方通行になる。11月4日は、そうした日本市場の脆弱性があらわになった一日だった。これは構造的な問題であり、一朝一夕には解決しない。だからこそ、個人投資家にとっては知っておくべき「市場の癖」である。

海外イベント直後に東京で起きる急落は、しばしば実態を伴わない過剰反応だ。ニュースの見出しと先物の値動きに慌てて投げ売りするのは、投機筋の思うつぼである。むしろ、こうした需給主導の下げは、業績の裏付けがある銘柄を割安に拾う好機になり得る。

もちろん、AIを巡るリスクを軽視するつもりはない。僕はかねてから、AI関連の資金の回り方そのものに危うさが潜んでいると指摘してきた(さらにトーンを強めた警戒論を日経電子版に寄稿した。もうすぐ掲載されるのでご覧ください)。だが、それは米中間選挙の結果とは別次元の話である。昨日の一時3,000円安は、ファンダメンタルズではなく、市場の構造が生んだ下げだった。そう見極めて、冷静に構えたい。