異例の出迎えが意味するもの

9月23日、トランプ大統領はメラニア夫人とともにワシントン郊外のアンドルーズ統合基地(旧アンドルーズ空軍基地)に出向き、専用機を降りる習近平国家主席と彭麗媛夫人を自ら出迎えた。アメリカの大統領が外国首脳を空港まで出迎えること自体が、極めて異例である。滑走路では軍楽隊が演奏し、上空を爆撃機が祝賀飛行した。この厚遇ぶりに、僕はまず驚いた。

対照的なのが5月のトランプ訪中である。北京首都国際空港でトランプ氏を迎えたのは習氏ではなく、韓正国家副主席だった。迎える側が自ら足を運び、迎えられる側はそうしなかった。儀礼の非対称は、それ自体がメッセージである。

これは何を意味するのか。米国が中国を、自国と並ぶ超大国として遇したということである。儀礼は外交の言語だ。最高位の礼遇を同盟国ではなく最大の競争相手に向けたことは、米国自身が米中を対等な二極と認めたに等しい。

予見的だったダー・ウェイ論文

振り返れば、これは予見的であった。会談の2週間余り前、9月7日付のフォーリン・アフェアーズ誌(www.foreignaffairs.com/)に、清華大学戦略安全研究センター所長の達巍(ダー・ウェイ)教授が「The Emerging U.S.-China Détente(浮上する米中デタント)」と題する論文を寄せている。副題は、自信を深めた北京と実利主義のワシントンは共存できる、という趣旨である。

僕がこの論文を読んだのは、イェスパー・コールが送ってくれたからだ(イェスパーはいつも海外のいろいろな文献を紹介してくれるので大変助かっている)。メールを見返すとイェスパーが送ってきたのは9月8日。この論文が掲載された翌日だ。さすがに素早いアクションである。しかし、手前味噌で恐縮だが、この論文とまったく同じタイミングで僕も米中デタントに言及していたのだ。9月7日付「広木隆のMonday Night Live」で円高に振れた背景のひとつに、米中首脳会談によるデタント期待があるのではと指摘したのだった。

論文の出発点は、5月の北京会談で両首脳が合意した「建設的で戦略的に安定した関係」という枠組みだ。ワシントンでは空疎な言葉と冷ややかに受け止められたが、ダー・ウェイはこれを、関係の定義について両国が合意できた10年以上ぶりの出来事だと位置づける。ここでいう戦略的安定とは核軍備管理の話ではない。これ以上の悪化を食い止め、利害が一致する分野では協力を広げる新たな均衡のことである。狙いは全面的な和解(グランド・バーゲン)ではなく、関係の底割れを防ぐ「床」をつくることにある。

僕が注目したのは三点である。

第一に、中国が「競争」を受け入れたことだ。中国は長く、米国の「戦略的競争」という枠組みを自国の台頭を封じ込める物語として拒んできた。2022年7月には習氏がバイデン大統領に対し、競争を関係の基調とすること自体が誤りだと伝えている。ところが今回、中国は競争を排除するのではなく「管理する」枠組みを受け入れた。同盟国同士が「安定」を目標に掲げることはない。安定を目標にするのは競争相手だけである。ダー・ウェイは、この受容こそ中国が自信を深め、自らを米国と対等とみなし始めた証左だと読む。

第二に、構造要因である。過去8年で米中関係は4度、緊張から安定へと揺り戻した。2020年1月の第1段階合意、2022年11月のバリ会談、2023年11月のサンフランシスコ会談、そして2026年5月の北京会談だ。その間、米政権は民主・共和の3期にまたがっている。全面的なデカップリングのコストは高すぎ、核保有国同士の軍事衝突は破滅的である。2025年の関税とレアアースをめぐる応酬は、互いが相手の急所を突けることを証明した。米中関係は「大きすぎて潰せない」のである。だから次の米大統領が誰であれ、最終的には同じ結論に戻るだろう、と論文は見る。

第三に、「自信を持った中国はむしろ抑制的になる」という逆説である。西側は自信を深めた中国はより強硬になると考えがちだが、ダー・ウェイは逆だと言う。外部環境を管理できると感じるとき、中国は抑制と協議を選ぶ。米国の半導体規制はかえって中国の自立と技術革新を加速させた、というのが中国の主流の見方だとし、DeepSeekの登場やレアアースを梃子にした交渉力がその自信を裏打ちしていると説く。

論文は、9月の首脳会談をこの枠組みに具体策を肉付けする好機と位置づけていた。実際、ワシントンに着いた習氏が訪米の狙いとして掲げたのは「合作為主、競争有度、分岐可控、和平可期」の16文字である。協力を基調とし、競争に節度を持たせ、相違を制御可能な範囲にとどめ、平和を展望する。競争を排除せず管理するという論文の骨格そのものだ。北京の主流派の認識を代弁する学者が描いた筋書きの上を、両首脳は歩いたように見える。そしてトランプ氏は、アンドルーズの滑走路まで出向いてそれに応えたのである。

楽観を戒める火種

もちろん、デタントが本物かどうかはまだわからない。ダー・ウェイ自身、新しい枠組みが米中の対立の大半を解消できるとは考えていない。5月の合意後も、6月には米国防総省がアリババ・グループ・ホールディング[BABA]、バイドゥ[BIDU]、BYD(01211)などを中国軍関連企業リストに加え、中国は米国の10団体を輸出管理の対象として報復した。応酬は続いている。制裁を限定的にとどめることで、エスカレーションを回避しているにすぎない。

ワシントン会談の具体的成果も控えめだった。ベッセント財務長官は、11月10日に期限を迎える予定だった貿易休戦を2027年1月10日まで2ヶ月延長すると明らかにした。中国はより長い延長を望んでいたとされるが、米国は11月のAPEC、12月のG20と続く首脳会談の機会をにらみ、休戦を小刻みにして交渉カードを手元に残した格好だ。裏を返せば、関税をめぐる本格合意は先送りされたのである。

最大の火種は台湾だ。5月の北京会談で、米国は140億ドル規模の対台湾武器売却を一時停止した。北京はこれを歓迎したが、同時に期待値も引き上げた。ワシントンの大方は売却がいずれ再開されるとみており、そのとき北京は猛反発し、枠組みそのものが揺らぎかねない。ダー・ウェイは、米国が台湾独立への反対を明示するなど宣言政策を北京寄りに修正することを提案しているが、米国内でも日本でも容易に受け入れられる話ではない。

もっとも、売却の再開はそう簡単ではないとの見方もある。ミサイルや戦闘機の生産は中国からのレアアース供給に依存しており、イランとの戦争で米軍の弾薬在庫も細っている。そうだとすれば、台湾をめぐる主導権はむしろ北京の側にあることになる。

そして両首脳の国内事情がある。トランプ氏は中間選挙を前に、物価を押し上げる関税戦争の再燃を避けたい。来年の党大会で4期目入りが取り沙汰される習氏にとって、米大統領の厚遇は国内向けに大国の存在感を示す格好の材料だ。今回の接近は構造変化なのか、二人の指導者の利害が一時的に重なっただけなのか。論文は前者だと主張するが、懐疑派は次の対決に備えた一時休戦にすぎないと見る。どちらの見方にも相応の根拠がある。

日本と日本市場の立ち位置

米中が互いを対等な超大国と認め合い、関係に「床」を設ける世界で、日本の立ち位置はどう変わるのか。1971年、日本は頭越しのニクソン訪中発表に揺さぶられた。歴史は繰り返さないが、韻を踏む。米中が直接手を握るとき、米国にとって「対中最前線」としての日本の戦略的価値は相対的に薄まる。

市場にとっても他人事ではない。この数年、日本株を押し上げてきた要因の一部は、米中対立そのものだった。地政学リスクを避けるグローバル資金の受け皿としての日本、経済安全保障を追い風とする半導体・防衛関連、サプライチェーン再編による国内回帰。僕が「4D」と呼ぶテーマのうち、Defense(防衛)とDeglobalization(脱グローバル化)は、まさに米中対立を燃料としてきた。

頭の体操として、三つのシナリオを置いてみたい。

シナリオ 米中関係の姿 日本株への含意
デタント定着 「床」が機能し、緊張は管理可能な範囲に収まる 中国から退避していた資金の一部が中国・香港市場に回帰し、日本の「避難先」プレミアムは剥落しうる。一方、中国売上比率の高い機械・素材・消費関連には見直し余地
一時休戦 台湾向け武器売却の再開などを機に再び悪化 経済安保・防衛テーマが再び脚光を浴び、サプライチェーン上の日本の価値は維持される
G2の頭越し 米中が二国間で取引し、同盟国の利害は後回しに 通商や為替で日本が取引材料にされるリスク。日本独自の成長ストーリーの有無が問われる

どのシナリオでも変わらないことがある。米中対立という外部の追い風に頼った評価は、外部環境が変われば剥がれ落ちるということだ。逆に、企業改革、利益率改善あるいは生産性の向上という日本企業自身の変化は、米中関係がどちらに転んでも価値を失わない。地政学のテーマで銘柄を選ぶ前に、その企業が自力で稼ぐ力を高めているかを問い直す。デタントの時代こそ、それが日本株投資の原点になるはずである。

頭の体操を始めておく

米中デタントが本物になるのか、一時的な休戦に終わるのか。現時点ではわからない。ダー・ウェイの見立てが正しいかどうかは、台湾をめぐる次の局面や、次期米政権の対応を見るまで判断できないだろう。

ただ、いずれにせよ、アンドルーズの滑走路での握手は、世界のパワーゲームが大きく転換しつつあることを象徴する場面となった。米国が中国を対等な超大国として遇した以上、日本は、そして日本市場は、自らの立ち位置を大きく考え直さなければならない。答えが出るのを待ってからでは遅い。頭の体操は、今から始めておいた方がいいだろう。

出典/参考文献

Da Wei, "The Emerging U.S.-China Détente," Foreign Affairs, 2026年9月7日
木村正人「訪米した習近平主席を自ら出迎え、トランプ大統領の『異例の厚遇』が示す米中関係“雪解け”という新局面」JBpress、2026年9月25日(jbpress.ismedia.jp/articles/-/97171)
AFP=時事「トランプ氏、中国主席を自ら出迎え 異例の厚遇」2026年9月24日(www.afpbb.com/articles/-/3654104)
結城隆「米中首脳会談-トランプの「乱」,習近平の「治」」世界経済評論IMPACT No.4582、2026年9月28日(www.world-economic-review.jp/impact/article4582.html)