前回の「相続紛争を未然に防ぐ『事前の対策』とは?(前編)」では相続トラブルとなり得る事例を詳しくお伝えいたしました。後編では、相続紛争の防止策、遺言を遺す際の注意点、他士業との連携の重要性を詳しくお伝えいたします。

遺言書がない場合の相続で起き得る事態

遺言書がない場合、遺産は遺産分割協議という相続人全員の話し合いで決めることになります。最大の壁となるのが相続人全員の合意です。一人でも合意をしなければ、手続きは進みません。その場合、以下のような事態が起きることがあります。

・故人の銀行口座から葬儀費用を引き出せない(法改正で一部可能になったが制限あり)。
・自宅の名義変更ができないため、売却もリフォームもできない。
・話し合いが長引くほど、親戚同士の関係が悪化していく。

こうした状態を避けるために、生前に取り得る対策が遺言書の作成です。

トラブル防止策となる「公正証書遺言」の活用方法

遺言書には大きく分けて3つの選択肢があります。以前は「自分で書くか、公証役場へ行くか」の二択でしたが、現在はその中間の制度も整っています。それぞれの特徴を正しく理解し、ご自身の状況に最適なものを選び取ることが重要です。

1. 自筆証書遺言(自身で管理する)

自筆証書遺言は今すぐ費用をかけずに作成できる方法です。最も手軽に遺せる遺言ですが、紛失や改ざんのリスクもあります。また、亡くなった後に家庭裁判所での検認が必要になり、手続きの負担も生じます。前編でも記載ミスのリスクを解説したとおり、法的に有効な遺言を作成したつもりでも、形式上の不備により、遺言としての効力を失う危険性もあります。

2. 自筆証書遺言書保管制度(法務局での保管)

自分で書いた遺言書を法務局に預ける、令和2年から始まった新しい制度です。法務局への手数料も比較的安く、紛失や改ざんの心配がなく、裁判所の検認も不要になります。ただし、法務局は日付の有無などの形式は確認してくれますが、「その内容で法的に揉めないか(遺留分など)」という実務的なアドバイスはしてくれません。また、作成時の本人の判断能力(認知症の有無など)を証明する力については、公正証書に劣ります。

3. 公正証書遺言(公証役場での作成)

将来の紛争をなるべく避けたいというお客様に適している作成方法です。公証人が関与するため、形式不備で無効になることはまずないでしょう。証人2名が立ち会い、公証人が本人確認と意思確認を行うため、後から「無理やり書かされた」「認知症だったはずだ」という無効を主張されるリスクは最小限に抑えられ、銀行や法務局での手続きが最もスムーズに進みます。ただし、過去の判例をみるとリスクがゼロとは言いきれないので注意が必要です。

以上の3つが遺言書の種類です。「とにかく費用を抑えたい」「内容は極めてシンプルで、家族も十分に納得している」という場合は、法務局の保管制度を利用した自筆証書遺言が有効な選択肢となるでしょう。

しかし、以下のうち一つでも当てはまるなら、公正証書遺言を推奨いたします。

・特定の誰かに多めに譲りたい(遺留分への配慮が必要)。
・将来、親族から判断能力を疑われる余地を残したくない。
・自分の死後、家族に手続き上の不安や負担をかけたくない。

「遺留分」と「遺言執行者」の基礎知識

遺言を書く際に、知っておくべき2つの重要な言葉があります。

1. 遺留分

家族(配偶者、子供、親)に保証された、最低限の取り分です。「全財産をNPO法人に寄付する」という遺言があっても、残された家族は「最低限の分だけは返して」と、遺留分を請求できます。これを無視した遺言を書くと、結局亡くなった後に家族と受遺者が揉めることになる可能性が高くなります。なお、兄弟姉妹の相続に関しては遺留分は認められません。

2. 遺言執行者

遺言の内容を実現するために手続きをする代表者のことです。遺言書の中で「〇〇を遺言執行者に指定する」と書いておくことで、相続人全員の印鑑を集めることなく、執行者が単独で銀行口座の解約や名義変更を進めることができます。これが、スムーズな相続手続きの鍵となります。

遺言を遺す際の「意思能力」の問題

「相続対策はまだ先の話だ」という気持ちもあるでしょう。ご自身の対策もそうですが、ご両親の相続対策についても「まだ先でいいか」と思うかもしれません。しかし、もし認知症になってしまったら、生前の対策は難しくなると言わざるを得ません。

遺言書を作成するには遺言能力(遺言の内容を理解し、判断する能力)が必要です。また、家族名義の家を売って介護施設の入居費用に充てようとしても、家族に判断能力がなければ不動産の売却はできません。

最近では、元気なうちに財産の管理を子供に託す家族信託という仕組みも注目されています。これらすべての対策には、本人に十分な判断能力があるという前提条件があります。

相続は、誰にでもいつかは訪れるものです。 しかし、その日が来た時に、残された家族が「きちんと考えてくれてありがとう。」と感謝するか、「なぜこんな面倒なことを残したんだ。」とため息をつくかは、今のあなたの準備次第です。