協調介入でも変わらなかった円安が変わったのは?

1998年6月、止まらない円安に対して、日米の通貨当局は米ドル売り・円買いの協調介入を行った。ただ、それでも円安の流れは変わらず、約2ヶ月後には協調介入を行う前の円安値を更新した(図表参照)。

【図表】米ドル/円の推移(1995~1999年)
出所:LSEG社データよりマネックス証券が作成

日米協調介入でも円安の流れを変えられなかったことで、もはや円安を止める手段は出尽くしたかのように見えた。ところが、その後すぐに円安は止まると、円高への急転換に向かった。では、日米協調介入でも変わらなかった円安の流れが変わったのはなぜか。

米株暴落とFRB連続利下げで円高へ急転換!

1998年8月、ロシアによるルーブル切り下げを受けて大手ヘッジファンドに巨額の含み損が発生し、それが表面化する中で、株価は急落に転じた。後にそのヘッジファンドの名前から「LTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)ショック」と呼ばれた出来事だった。

そうした中で、FRB(米連邦準備制度理事会)は9月から3ヶ月連続で利下げを行った。あの日米協調介入でも変わらなかった円安が円高に急転換した背景には、このようなことがあったわけだ。

米ドルが「自滅」=たった3日で20円以上の大暴落

8月に147円まで円安が進んだ後、9月には一時130円を割れるまで円高となった。ところが、最大で20円近くも円高となった時点でも、あるヘッジファンドではまだ円売りポジションの処分が終わらず巨額の含み損を抱えてしまっているとの噂が浮上した。その損失処理に伴って大量の米ドル売り・円買いが発生するとの懸念を主な理由として、10月6日から8日までのたった3営業日で、米ドル/円は134円から111円まで20円以上の大暴落を演じるところとなった。

以上のことから分かるのは、円安終了の1つのパターンには米ドルの「自滅」があるということだ。その上で、1998年のケースが示す教訓として、円安マインドが根強いほど円高への転換に乗り遅れ、それが円高を一段と加速させたということもあっただろう。

SOX指数が急落=「AIバブル」の行方に注目

先週(10月12日週)、AIブームを示す指標のようになっているSOX(フィラデルフィア半導体)指数が急落した。予想より強い9月CPI(消費者物価指数)の結果を受けて再燃しかけた10月FOMC(米連邦公開市場委員会)での利上げ観測がすぐに後退したのは、この株安拡大への懸念が影響したのではないか。

1987年10月19日のNY発世界同時株暴落、「ブラックマンデー(暗黒の月曜日)」の影響などから、10月は「暴落」の記憶の強い月ともいえる。株安がさらに広がり、AIバブル崩壊との見方になるようなら、FRBの「次の一手」は利上げから利下げに変わる可能性すらあるだろう。その場合、米ドルの「自滅」が、1998年のように根強い円安マインドに支配された円安の流れを変える可能性はないだろうか。