「10月の株価大暴落」の印象を強める1987年ブラックマンデー
「10月の株価大暴落」の印象を強くしているのは、やはり1987年10月、ニューヨーク発の世界同時株安、「ブラックマンデー(暗黒の月曜日)」の影響が大きいといえるだろう。この世界株同時暴落は、「世界一の経済大国」である米国の「物価の番人」、FRB(米連邦準備制度理事会)議長の交代直後に起こったことも印象的だった。
1980年代初頭にかけて起こったインフレに対し、大幅利上げでその収束に成功し、「インフレファイター」の栄誉を受けたP.ボルカー氏から、A.グリーンスパン氏にFRB議長が交代。一方で当時は1985年のいわゆる「プラザ合意」を受けた米ドル安が継続しており、それに歯止めをかけるべく、米国は当時の西ドイツに利下げを要請。しかし、2度の世界大戦の敗北で苛烈なインフレに見舞われた教訓から、「世界一のインフレファイター」とされた西ドイツの中央銀行であるBUBA(ブンデスバンク)は拒否。いわゆる西側先進国の協調体制の行方が懸念される状況となっていた。
FRB議長の交代直後ということ、インフレへの姿勢が試されているということ、そしてトランプ政権発足以降大きく動揺している国際協調体制など、1987年と最近では類似点があるようにも感じられるが、そうした中で「暴落の10月」が再現しないか気になるところではある。
為替「10月の暴落」の代表例、1998年と最近の状況との類似とは?
「10月の暴落」は株価に限ったことではなく、為替相場においても印象的な出来事がいくつかあった。その代表例は、1998年10月の米ドル/円相場の大暴落、そして2008年10月、いわゆる「リーマンショック」だろう。
1998年は8月まで「止まらない円安」が展開していた。日本経済は金融危機に陥っているとの見方が支配的となり、株と円の同時安が展開する中で、「円安200円時代」も現実味を帯びてきたとの見方も増えていた。
ところが、そうした流れは1998年8月から急変した。そして10月、米ドル/円は3営業日で135円程度から110円程度まで約25円もの大暴落が起こった。なぜ円安から円高へ「急変」したのか。
直接のきっかけが何だったかというよりも、上述の「円安200円時代」に象徴される、円安に一方的に傾斜した相場観の修正が追い付かなかったことが、円高への急転換をもたらした一因だったのではないか。最近も、円安予想が支配的という状況が続いている点は、1998年と似ているようにも感じられる。
2008年「リーマンショック」10月暴落との類似とは?
そして、もう1つの為替「10月の暴落」の代表例が2008年に起こった「リーマンショック」である。米大手投資銀行のリーマン・ブラザーズの経営破綻をきっかけに世界的な金融危機が起こったこの「リーマンショック」による為替相場の大暴落が起こったのは10月だった。
そしてこの2008年10月の為替相場における暴落の主役は豪ドル/円だった。豪ドル買い・円売りは、当時大幅な金利差に期待した個人投資家の「人気ナンバー1」取引だったが、その反動が生じた「リーマンショック」局面では、最も大きく下落した取引の1つになってしまったわけだ。
最近も、なお相対的に低い円金利を理由に円売りを行う個人投資家は多いようだ。「リーマンショック」局面のように、その反動が本格化した場合、「暴落の10月」が米ドル/円以上にクロス円相場で大きくなる可能性はないだろうか。

