今回、ファイザー社(PFE)で最高IR責任者を務めるクリストファー・スティーヴォ氏にインタビューを行ないました。スティーヴォ氏はヘルスケア投資のバイサイドでの20年以上の経験と、投資家向け広報活動における指導力を有しています。スティーヴォ氏にファイザー社の新薬やワクチンの開発見通し、海外でのビジネス戦略、注力分野などをお聞きしました。

岡元:本日はお時間をいただき本当にありがとうございます。まず始めに、新型コロナワクチンの1つであるBNT162b2を開発し、世界中で何十億もの命を救ってくれた御社に感謝の意を示したいと思います。

スティーヴォ氏:嬉しいお言葉をありがとうございます。これは製薬会社としての喜びであり、また義務でもあると感じています。世界各地からの膨大なニーズを目の当たりにし、それに応えることができて光栄です。

ファイザーの成長の根底にある企業目的

岡元 兵八郎
マネックス証券 チーフ・外国株コンサルタント兼マネックス・ユニバーシティ シニアフェロー

岡元:まず、ファイザー社の歴史について教えてください。

スティーヴォ氏:はい。1849年に従兄弟同士のチャールズ・ファイザーとチャールズ・エアハルトがニューヨーク市ブルックリンで設立しました。当初は、「ファインケミカル」と呼ばれる薬やその他の化学物質を作る原材料のようなものを販売していました。このような慎ましい祖業から、非常に長い時間をかけて今日の姿に成長したのです。

岡元:競合他社とどのように差別化を図りたいと考えていますか。アルバート・ブーラCEOのもとで掲げる「患者さんの生活を大きく変えるブレイクスルーを生みだす」という企業目的の考え方についてもお話しいただけますか。

クリストファー・スティーヴォ
ファイザー 最高IR責任者兼コーポレートアフェアーズ担当上級副社長

スティーヴォ氏:アルバートは、社員全員に素晴らしいインスピレーションを与えてくれています。アルバートの基本的な信念は、製薬会社として、ほんの少しの違いしか生まないようなことや、今あるものを少し改良する程度のことに注力すべきではなく、患者さんに大きな変化をもたらすことに時間と資源を費やすべきだというものです。会社全体としても、その点を重要視しています。

その考え方を体現しているのが「サイバインコ」という、弊社が開発したアトピー性皮膚炎の治療薬です。アトピー性皮膚炎は、皮膚が赤くなったり、乾燥したり、痒みや痛みといった辛い症状が続きます。この薬は、患者さんが1日1回、簡単に服用できる錠剤であること、症状の1つである痒みを、素早く、深い部分から緩和できることが画期的でした。先日、日本の厚生労働省の認可が下りたので、まもなく日本の患者さんや医師の皆さんにサイバインコを提供できることを、とても嬉しく思っています。

mRNA技術が他の感染症やワクチンに応用できる可能性

岡元:御社の新型コロナワクチンの開発成功は、主にmRNA(メッセンジャーRNA)によるものだと理解しています。そのメカニズムを教えてください。また、mRNA技術は他の用途に応用できるのでしょうか。

スティーヴォ氏:ご存じの通り、DNAは私たちの体のすべての細胞にあり、DNAの情報に基づいて体に必要なすべてのものが作られています。家を建てるときには、壁の長さや高さ、その他諸々の設計図が必要ですよね。DNAはまさに、私たちの体にとってその設計図のようなものです。

しかし、DNAは自分の核の中にあるだけでは何もできず、ヘルパーやメッセンジャーが必要です。そのヘルパーとなるのが、mRNAです。mRNAは細胞の核から外に出て、細胞の他の部分に入り、細胞が必要とするすべてのものを構築する蛋白質を作るための指示をサポートします。基本的にmRNAがなければ私たちは生きていけないのです。つまり、mRNA技術は細胞が既に慣れ親しんでいる自然のプロセスを利用する、というコンセプトに基づいています。

今回の技術では、細胞が「通常作るもの」を作る代わりに、新型コロナウイルスの外側にある「スパイク蛋白」と呼ばれるものを作ります。このスパイク蛋白が王様や女王様の王冠にある突起のように見えることから、ギリシャ語で王冠を意味する“corona(コロナ)”がコロナウイルスの名前の由来となっています。そしてそれが私たちの細胞に取り付いて感染を手助けしてしまうのです。

mRNAワクチンが患者に接種されると、mRNAが細胞に取り込まれ、体内の細胞がスパイク蛋白を作り、それが血中に出ていくのです。そうすると体を守る免疫系は、これを体内に存在してはならない異物と認識し、このスパイク蛋白に対する免疫力を高めていきます。実際に新型コロナウイルスに感染すると、免疫システムがそれを認識し、非常に素早く攻撃することができるのです。それこそが重要なイノベーションなのです。

従来のワクチンでも同じようなことはできますが、製品化には非常に時間がかかり、且つ大量の摂取が必要で、場合によっては接種回数が更に必要になります。つまり非常に迅速に製造できることがmRNA技術の優位性の1つです。そして新型コロナワクチンで見られたように、体内で非常に迅速、かつ強い免疫反応を起こすことができます。

mRNA技術は他の感染症やウイルスのワクチンにも使える可能性があります。現在、mRNA技術を用いたインフルエンザに対するワクチンの臨床試験も行っています。スパイク蛋白を体内で生成できたように、再び体内で薬を生成し、例えば癌を攻撃するためとか、体内の他の必要性を満たすために応用することも考えられます。この技術は非常に汎用性が高く、薬剤や物質を非常に迅速かつ大規模に生産できるのです。

岡元:御社の新型コロナワクチンの売上は、どれぐらいでしょうか。御社の売上全体に占める割合も教えてください。

スティーヴォ氏:7月下旬に発表した第2四半期決算では、今年の新型コロナワクチンの売上を335億ドルと予測しており、当社の総売上高の指標は780~800億ドルとしました。従って総売上高をその指標の中間値である約790億ドルとすると、年間を通して新型コロナワクチンが売上の約42%を占めることになります。

岡元:低中所得国の人々に新型コロナワクチンを無償で提供する取り組みについて教えてください。

スティーヴォ氏:私たちはこのパンデミックとの闘いの最中、効果のあるワクチンを開発できました。そして、これを豊かな国の人々だけが入手できるものにしてはならないと考えました。さらに、豊かな国であっても人々が自己負担なしでワクチンを接種できるようにしたい、低中所得国にも公平に十分なワクチンを提供したいと考えました。

そこで私たちは今年と来年の2年間で、低中所得国に少なくとも10億回分のワクチンを配布することを公約しました。これは当社がとても誇りに思っている取り組みです。

ファイザーのコロナ飲み薬の開発状況は?

岡元:先日、新型コロナウイルスの感染予防を目的とした経口抗ウイルス薬の試験を、ウイルスにさらされた人を対象に開始したと発表されましたね。これらの取り組みについてお話しいただけますか。

スティーヴォ氏:はい、その通りです。米国では現在、すべての成人がコロナワクチンの適応対象であり、入手できる状態にあります。しかし、残念ながら何らかの理由で未接種の方々もたくさんいます。そこで、ワクチンの代替となる治療法を用意することが重要だと考えたのが、今回の経口薬開発の理由の1つです。

もう1つの理由は、ワクチンを接種した人でも、場合によっては「ブレイクスルー感染」と呼ばれる症状が出る可能性があることです。

その助けになる手段として弊社が用意したのが、「プロテアーゼ阻害剤」と呼ばれる抗ウイルス剤です。これはC型肝炎やHIVに対して長年使用されてきた抗ウイルス剤の一種です。日本の皆さんはこの種の薬剤について聞いたことがあるかもしれません。新型コロナウイルスに感染した場合、ワクチン接種の有無にかかわらず、5日間これを服用すれば、入院や重症化を防ぐことが期待されています。

それ以外にも、感染者に接触した人たちを対象にした試験も行っています。今年の第4四半期にはデータを入手し、年内に薬を申請できる可能性もあると考えています。

高齢者の健康維持を支援するワクチン開発も

岡元:新型コロナワクチン以外にも、高齢者の健康に大きな影響を与えるワクチンを開発されていますね。日本は高齢化社会なので、このような製品は私たちにとっても非常に関係が深いです。

スティーヴォ氏:日本だけでなく世界全体で高齢化が進んでいるため、どこの国にも関係があると思います。

1つ目に高齢者の方々への支援としては、肺炎球菌による肺炎を予防する「プレベナーワクチン」が挙げられます。肺炎球菌という病原菌は、肺炎の原因となりますし、特に高齢者にとっては他の病気を引き起こすこともあります。これは高齢者の肺炎の重大な原因であり、米国では毎年100万人以上が罹患し、多くの死亡者を出しています。そんな中、弊社の肺炎球菌ワクチン「プレベナー13」と、最近承認された「プレベナー20」は、高齢者が肺炎を予防し、健康を維持するのに役立つものです。

2つ目は先にも触れましたが、mRNA技術を用いたインフルエンザワクチンを開発しています。インフルエンザワクチンについてあまり気にしていない人も多いようです。しかし、米国では毎年冬になると何千人、何万人もの人々がインフルエンザで命を落としています。

3つ目は高齢者が特に感染しやすい分野で、少々専門的な話になりますが、「クロストリジウム・ディフィシル(C.ディフィシル)」と呼ばれる細菌があります。これには、入院歴のある人や、病気になって抗生物質を投与されていた人などが感染します。腸内でC.ディフィシルによる感染症に罹ると、特に高齢者に非常に深刻な下痢を引き起こし、入院が必要になることもあります。場合によっては死に至ることもあり、とても深刻です。弊社はそのためのワクチンを開発しており、臨床開発の後期段階にあります。この臨床試験がうまくいけば、患者さんに提供したいと考えています。

>> >>特別インタビュー【2】ファイザー(PFE)の成長の見通し、研究開発の注力分野、配当・自社株買いの方針とは?

本インタビューは2021年10月21日に実施しました。