投資熱の高まりや暗号資産の台頭、FIREムーブメントなど、お金をめぐる価値観が大きく変化しています。羽田 圭介さんの新刊『Phantom』(文藝春秋)は、そんな今の社会に生きる人々に対し、「そもそも、お金は何のために必要なのか」、「自分にとって本当の幸せとは?」といった問いを投げかける小説です。投資のご経験のある羽田さんに、お金との向き合い方などをお聞きしました。

人は、上を目指し努力している時が一番幸せ

羽田 圭介 氏
1985年、東京都生まれ。高校在学中に執筆した「黒冷水」で第40回文藝賞を受賞。2015年に「スクラップ・アンド・ビルド」で第153回芥川賞を受賞。

――『Phantom』を書いたきっかけを教えてください。

2013年頃、各書店での小説のハードカバー売り場がどんどん縮小されていっている時期で、新刊本を出しても近所の書店に置いてもらえませんでした。筆一本で食べていくのは厳しいかもしれないと、将来に備えるようになりました。

自営業者にとっての積立の何かがあると聞き、調べた結果、確定拠出年金への掛金を拠出し始めました。あまり所得がないにもかかわらず、自営業者の満額6万8000円を毎月。そこから普通の証券口座で投資信託、ETF、米国の配当株へと至るまで半年で、株を買って将来へ備え始めました。小説が売れなくなっても、配当を生み出す自分の分身のような存在を作ればいいんじゃないかと。

それを題材にした小説を書いてみようと思ったのが、2014年末頃のことでした。でも翌年2015年7月に芥川賞をとったら忙しくなり、株式投資でコツコツ稼ぐ主人公に感情移入できなくなり、執筆を中断。その後は『成功者K』や『ポルシェ太郎』など、アッパーな感じの小説を書いていました。

しかし、昨年コロナ禍で外での仕事が減り、自宅で過ごす時間が増えて、芥川賞をとる前に近い生活に戻りました。そして落ち着いて途中まで書いていた『Phantom』を読み直したら、奇妙なことに当時の心境が、今の自分に合っていると気づいたのです。「お金があれば幸せを享受できる」という考えが、どこか他人事であるという点で一致しているなと。

『Phantom』を書き始めた2014年は、お金を持っていないが故に、お金に対して幻想を抱いていました。それが芥川賞をとった後、実労働で忙しくしている時は「このままお金を稼げばもっと幸せを享受できる」という思いが強く、いわば幻想だったものがリアルになっていた時期、当事者になったというか。でも、ある程度お金が貯まってくると、「お金が増えても、幸せが増えるわけではない」ということが、分かってきたのです。

――では、人はどのような時に幸せを感じると思いますか。

人は上を目指して努力している時に幸せを感じるのではないでしょうか。上を目指している時は、迷いがない気がします。「今の自分より少し上に行けるかも」と思いながら努力している時が、一番幸せなのだと思います。まあ、努力好きな自分はいささかマッチョな思考かもしれず、それを他人に押しつけてはいけないなとも感じていますが。

――今の羽田さんは、経済的な面でいうと目標地点に到達した境地でしょうか。

いや、全然そんなことないですよ。都心で少し広めの家でも買おうものなら、一気にお金がなくなるどころか足りないくらいですし(笑)。

以前、快適な執筆環境を得るために、内装にこだわった別荘を山梨県や長野県あたりに建てたいと思ったこともありました。でも遠いと行かなくなるので、東京の都心に建てないとダメだなと。そうすると、4~5億円が必要です。今と同じペースでの実労働の稼ぎが続いたとしても、その金額を貯める頃には50代半ばとかになってしまいます。

50代になって快適な執筆環境を手に入れても意味がないなと思って。そこで、「週刊プレイボーイ」で「作家・羽田圭介 資産運用で五億円の豪邸を買う。」という連載をもち執筆しながら、30代半ばのうちに豪邸を手に入れようと資産運用を頑張ってみました。でも、「都内の賃貸マンションに住みながら集中し執筆できているのなら、そもそも豪邸いらなくない?」という心境に至り…。手段が目的化してしまっていたなと思います。

豪邸を買う、アメリカの私立大学に子供数人を進学させるとかでもしない限り、大金の使い道なんてあまりないですよね。投資している人も、手段が目的化しないよう気をつけた方がいいですね。

投資で自信過剰は禁物

――投資を始めたきっかけは?

私は2009年から専業作家になったのですが、先述のように2010年代から書店で小説の売り場がどんどん縮小されていくのを目の当たりにして、今以上にファンが増えることはないだろうなと不安を感じていました。そんな想いでいた2013年頃、個人型確定拠出年金の存在を知り、加入したのが投資のスタートです。それまで株と言えば、高校生の頃から半年に一度、父親からマクドナルドや松屋の株主優待券をもらって使うぐらいのイメージしかなく。投資について全く知識はありませんでした。

そこで、最初は様々な投資の本を読み、個人型確定拠出年金の枠内で、国内株式、海外株式、国内REIT、海外REITに分散投資しました。その後、投資額を増やしたいと感じ、個人型確定拠出年金の枠外でETF(上場投資信託)を購入。半年後には、米国株などにも投資対象を広げていきました。

――現在も継続している投資は?

継続している、といえるかは怪しいのですが…。ずっと前に買った数銘柄を放置しています。米国株の個別銘柄3本と指数連動型のETF1本を保有したまま、特に売買はしていません。大長編映画を撮りたいだとか、島を買いたいだとか、大金を要するなにかがしたくなったら、躊躇なくすべて売り払い、借金をするつもりでもいますよ。お金は使わないとまったく意味がないですから。

これから投資をしたいという人になにか言うなら、日本株でテンバガー(株価10倍株)などを見つけようとするより、手堅い米国株を数本持つだけのほうが利益を出せるのではないかと考えています。

私は、投資で利益を得る方法は割と簡単で、目の前にあると思っています。投資というと、いつも頭に浮かぶのが、作家エドガー・アラン・ポーの「盗まれた手紙」という小説です。「さる高貴な方からの手紙」が隠されてしまい、警察が屋敷中を探し回るのですが見つけられず、探偵のデュパンがそれをサッと見つけるストーリーで、「答えは目の前にある」ということに気づかされる展開です。

投資において、自分だけは目の前にある答えを出し抜けると思って、工夫して失敗する人も多いのではないでしょうか。特に男性の方が失敗するような気がします。男性は目の前にある答えより更に上を狙えると自信過剰になりがちなので。

――どのような観点で銘柄を選びましたか。

ごく僅かでも配当がある銘柄ですね。無配当銘柄と比べると下支えしてくれるものがある気がして。かといって高配当株は市場であまり期待されていないと感じ、米国の上位企業の低配当成長銘柄が安定的ではないかと考えています。

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※本インタビューは2021年8月31日に実施しました。

写真:池田 博美